第65話「黄色」






 私は、自分の事を最低な女だと思う。

明人の事を応援しておきながら、自分が龍馬君と結ばれる可能性に賭けようとしていること。夢という共通点に縋っていること。

11月24日というターニングポイントで起こしたあの事。

 すべてひっくるめて、私は自分の事を最低な女だと思う。


「確かに、それは…ダメだな」


コーラを机に置き、溜息を吐きながらそう呟く智明君。

今回の私は、人に頼りすぎてるのかもしれない。

何回も同じことを繰り返してるせいで疲れが出て、思考するという行為を放棄したいと思っているのかもしれない。


思っているかもしれない、か。

自分の事すら分からなくなってきた。


「…私、なんか、分かんなくなってきた」


 萌奈さんはもう力を使えなくなった。

これが最後で、これで失敗すれば、もう、やり直すことが、できなくて。

出来る事すべてに手を出そうとした。


 頭に響く晶ちゃんの声。



『何年も繰り返して…でも、彩ちゃんが病んで…人生を、辞めようと思わなかった理由に…なれないよ、私は。』



私は、そんな役割を、押し付けようとしていたのか。

押し付けているのか。


「…晶はさ、あんま気にしないと思う」


 低いけど、優しい声色でそう呟く智明君。


「晶の事とか、彩ちゃんの事、全部理解してるわけでも、能力持ってるわけでも、ないけど」

「…うん」


 智明君が大きく息を吐き、力強い口調でこう言ってくれた。


「…両方に非があって、両方が悪い出来事ってあると思うんだ、俺」

「…」

「彩ちゃんの言葉だけを聞いた俺が、善悪とか、損得?とかを判断すんのはおかしいだろうから何も言わないけど…」

「…」

「…善悪の判断を人任せにして、心の片隅で…許してもらおうとしてる彩ちゃんの事はおかしいと思う」


…そう、か。


「…ただのわがままだけど…私、晶ちゃんと友達に戻りたい」

「うん」

「どうすればいいかな」

「じゃあこれからの事をちゃんと話し合った方がいい」

「…」


しばらくの、沈黙。



「わたし」

「うん?」

「龍馬君が好き」

「…うん」

「龍馬君と、一緒になりたい」

「うん」

「…でも明人を、傷つけたくない」

「だからと言って晶を利用すんのは違うな?」

「…誰の事も、傷つけたくない」

「俺もだよ、誰にも傷付いてほしくない」





コーラを飲む智明君。

ガムシロップを山程入れたコーヒーを飲む私。

沈黙。


その時、気まずい沈黙を破る存在が現れた。朱里ちゃんだった。


「彩ちゃん!智明!呼ばれたから来たよ!」

「……呼んだ?」

「呼んでない…なんで来たんだろ」


 顔を見合わせ、お互いの耳に囁き合うと、それを見た朱里ちゃんが突然声を荒げた。


「いいかも!そのカップリング需要あるよ!」

 ……私いつもこういう感じなのかな。


「朱里なんでここに?」


 智明君がそう尋ねると、朱里ちゃんは、鞄の中から小さな袋を取り出し、それを私達の前に置いた。

「?なにこれ」


 朱里ちゃんが置いた物を手に取りながらこう尋ねると、朱里ちゃんは少しだけ胸を張り

「明人君に贈ろうと思ってプチプラのコスメ買い漁ったんだ」

と答えた。


 明人のコスメ…いいな。


「明人きっと喜ぶよ、ありがと!」

そう伝えると、朱里ちゃんは嬉しそうに微笑んでから、エサを隠すリスのようにコスメをいそいそと鞄の中にしまった。


「二人で真剣になんの話してたの?」

「彩ちゃんのBL妄想聞いてた」

「BL妄想!?それは最終的にエッチな展開になりますか!?」

「お前のそんな姿見たくなかったよ」



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