第62話「自分らしさ2」
「雅、おはよう。」
学校に到着し、靴箱に靴を入れていた時、珍しく明人君から私に話しかけてきた。
「明人君おはよ!どうしたの?龍馬君と良いことあった?」
と尋ねると、明人君は首を横に振り、私にぐっと近付いてから耳元でこう囁いた。
「昼飯の時、お前に話したいことあるから…中庭来て欲しい。」
お昼ご飯のお誘いか…でも…話したいこと?
なんだろ…漫画本についてかな…。
なんて考えながら、少し不安げに私の事を見つめている明人君にこう答える。
「分かった、直接言いに来てくれてありがとう…嬉しいな。」
すると、明人君は私からぐっと顔を逸らしこう呟いた。
「…それ以外要件を伝える方法ないじゃん。」
「メッセージは?」
「…………。」
「…………。」
「……また来る。」
お昼ご飯を食べながら、お互いの好きなアーティストについて話し、そろそろ食べ終わりそうだなというくらいの時に、明人君が口を開いた。
「…僕の、さ…中学の頃の話、知ってる?」
……。
ゆっくり頷くと、明人君はぐっと俯き、小さな声で「晶から聞いたの?」と尋ねた。
「…うん、漫画本の事も、聞いたよ。」
そう言うと、明人君は顔を上げ、「だろうな」と言ってから、弱々しいけど、どこか力強い声でこう続けた。
「お前が…旅行の時さ、自分の弱い部分とか、愚痴を僕に話してくれたから…僕も、お前に話したくて。」
…明人君…。
「いいよ、聞く。」
そう言いながら、紙パックのリンゴジュースを持つ明人君の手を握ると、明人君は、優しく微笑んでから数回頷いた。
「…僕、綺麗になりたいんだ。」
…綺麗に…?
「明人君は綺麗だよ?十分すぎるくらい…女の子が嫉妬するくらいは綺麗だと思うけど…。」
と言うと、首を振り、泣きそうな声でこう呟く明人君。
「そうじゃないんだ…。」
「…?」
「男と、してじゃなくて。」
…
「あ…ご、ごめん、気付かなくて…。」
「いい、いいんだ…最近だから…自分のことに気付いたの…。」
…明人君…。
「…いつ、気付いたの?」
と尋ねながら、明人君の背中を撫でると、か細い声で、ゆっくりと自分の思いを話してくれた。
中学時代、美術部に入っていた明人君は、部活が終わり、帰る準備をしていた時、顧問に残るように言われ…襲われた。
それが…ニュースになって、明人君のフルネームが報道された。
これがまず意味不明なんだけど…その上、明人君を罵る人間が現れ、それを見てしまった明人君はこう思ったらしい。
「僕が女の子だったら…罵られなかったのかなって。」
…明人君。
「そんな時龍馬さんと出会って…恋をして…女の子になりたいって思いが…強くなった。」
「うん。」
「…でも、龍馬さんは……じゃん?」
「うん、そうだね。」
震える明人君の手。
「だから…好きになって貰えるように、自分の性別を、変える必要がないってことに気付いて。」
「うん。」
「なんか、がっかりしてる自分に気付いた。」
「…。」
「…僕好きな人を自分の性自認のために利用しようとしててさ。」
「…うん。」
大きく息を吐く明人君。
「僕、自分が分からない。」
「…うん。」
「…姉さんにも、晶にも話せなくて。」
「うん。」
優しく握り返してくれる明人君の手。
「…いつ自分の…言葉悪かったらごめんね…性別が、不安定だってことに気付いた?」
そう尋ねると、明人君が少しだけ顔を上げ、
「…旅行行く準備してるとき。」
と答えてくれた。
…あの時か。
「あの…自分が男だと思う時もあれば、女になりたいって思う時もあって…一貫性が、なくて。」
「うん。」
「…どうすればいいか、分からないんだ。」
明人君の頬を伝う一筋の涙。
私の頬にも伝っていることに気付いた。
「…なんでお前も泣いてんの…。」
「わかんない…なんか…わかんないや…。」
なんで私も泣いてんの…明人君ドン引きじゃん…。
「泣くなよ…マジでふざけんな…。」
ドン引きしてるわけじゃなかった…もらい泣きしてるよ明人君…純粋な子だな…。
…泣いてるだけじゃだめだ…ちゃんと明人君に寄り添った答えを出さなきゃ…
「…明人君…。」
「なに…?」
「明人君はなにも変えなくていいんじゃないかな…あれ何言ってんだろ…」
「なに…?」
「私そういう話に疎いからさ…変な意見言っちゃいそうだけど…明人君の性別は明人君でいいんじゃない…?」
「なに…?」
あぁもう…変な事言ったせいで明人君ロボットみたいになっちゃってるじゃん…。
…駄目だ、ちゃんと向き合って答えなきゃ。
晶みたいに全部を解決することはできなくても、私に出来る事をしなきゃ。
「…あのね?明人君の…悩みを、バーッと解決できるような事言えなくてごめんね。」
そう言いながら明人君の手からそっと手を離すと、首を振り、申し訳なさそうに俯きながらこう答えてくれた。
「…僕こそ、なんか、反応しにくい事言ってごめん。」
明人君…。
「明人君は悪くないよ…あのね…性自認はこう!とかそんな偉そうなことは言えないし、漫画本の事をサクッと解決できるような脳も力もないけど…。」
「…。」
「…明人君が、綺麗になる手伝いなら出来る。」
顔を上げる明人君。
「…本当?」
「うん、私に任せて、世界一の美人にしたげる。」
「そこまで…?」
数日後。
「じゃあ朱里ちゃん!また明日ね!」
「うん、また明日。」
同じクラスで、且つ隣の席に座っている女の子。
人の悪口しか話せない子にまた明日も話そうと約束を交わす。
…正直あの子苦手なんだよな。
晶の愚痴を言われるのはまだいいけど、あの子明人君の愚痴まで言ってた。
それもその子のイメージする二人の。
やれ「遊び人」だの「性格が悪い」だの色々。
不快に思って当然じゃんね。
私は明人くんと晶の全てを知ってるわけじゃないけど、あの子よりかは知ってる筈じゃん。
でも、不快感を表して「二人の愚痴言わないでよ!!」とか言っちゃってハブられでもしたら生き辛くなるだろうから不満を飲み込むしかないんだろうけど。
……でも、やだな。
…まぁ、さ。
こんな事考えてる時点であの子と同レベルなんだろうけどさ。
本当低レベルだな。
わたし晶みたいになりたい。
晶になりたい。
だったら…あの時、明人君にもっと寄り添える事言えたかもしれないのに。
「…そうだ。」
明人君。
晶みたいにガツンと解決できるわけじゃないけど、私にできる範囲で支えるって決めたんだ。
お化粧だったり服装について色々お話しよう。
拒食症気味だった私を助けてくれた時に比べたら軽すぎるかもしれないけど、私に出来る事を精一杯やろう。
と思いながら、隣のクラスにいる明人君の様子を見ようとそっと教室の中を覗き込むと
「……!」
何かを待っているのか、面倒そうに自分の毛先をいじっている明人君が目に入った。
教室にいる全員が、私自身も明人君を引き立てる為のモブに見えて。
この教室も、舞う埃ですら明人君のために存在してる様な、そんな錯覚に陥ってしまうくらい。
誰よりも、何よりも綺麗だと思った。
私が少し前に「隈が気になるなら消し方教えてあげようか?」って言ったら、ちょっと嬉しそうに「うん」って言ってくれたっけ。
教えたら目をキラキラさせてちっちゃい声で「ありがとう」って言ってくれたっけ。
………今日の明人君隈が薄い。
私がおすすめしたやつを買って使い方調べて使ったのかな?いつもより顔色が良い気がする…かわいい…。
睫毛もいつもより長いし…唇もつやつやだ…えぇ?何あの子めっちゃ可愛い…。
「…何してんの。」
「…え?あ、ご、ごめん…明人…君…呼んでくれない?」
「えぇ…?」
「いいから、お願い、早く呼んで。」
瞬きする度に心臓が締め付けられる様な。
完璧すぎる造形というか、人間が受け入れられるギリギリの範囲に収まった美というか。
お花みたいな、いや彫刻みたい、なんて例え方をしたら明人君に申し訳なくて、彫刻というよりかは、絵画?いや、そうだ、生け花だ。
なんというか。
明人君の人生の軸には、明人くんの根っこにあるのは土でもイーゼルでも石膏でもなく、剣山だった事を知った様な。
絶望した。
「…遅い、待ってた。」
「…綺麗だね、明人君。」
「え?…あ…ありがとう…お前が教えてくれたの…使ったし…。」
「超可愛い。」
「あ…うん……。」
「今度お洋服もあげるね。」
「いや…そこまでして貰わなくていい…。」
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