第61話「バタフライエフェクト」


「彩ちゃん。」

夏休みが終わり、数週間が経過した。

制服のカッターシャツも半袖から長袖に変わり、それと同じくらいのタイミングで龍馬がまた登校できるようになった。

みんなが長袖の中、暑がりの俺だけが半袖で龍馬に笑われたり、明人に腕毛を毟られるような平凡な日々が戻ってきた。


秋だ。

俺の誕生日がある大好きな季節。

紅葉にグルメにえげつない気温差に大量の虫。そして憎きブタクサ。

人それぞれ色んな秋があるんだろうけど、俺にとっては読書の秋だな(読むのほぼ漫画だけど)なんて思いながら、龍馬と楽しそうに話していた彩ちゃんの名前を呼んだ。


「?どうしたの?」

「ちょっと話したいことがあって…来てくれるか?」

「いいよ~待って、中庭に連れてって私の事ボコボコにしないよね?」

「するわけねえだろ。」

「どこ行くの?」

「……中庭だよ。」

「ヒィ」

「違うから!」

彩ちゃんって結構掴み所の無い子だな、と思いながら、彩ちゃんを人通りの少ない中庭へ連れていく。



「なになに?告白でもする気?」

そうからかってくる彩ちゃん。

「みたいなもんだな?」と言うと、彩ちゃんは「朱里ちゃんに智明君と結婚するって報告しよ」なんて妙な事を呟いている。

「もし本当に告白されたら了承する気なのかよ」とツッコんでから、電話の件について、話すことにした。


「…あのさ、彩ちゃん。」

「うん。」

「…」

「……?智明君?」


……言えよ。

言ったんだろ、電話の主に。

「お前が誰か分かったら「お前電話の相手だろ」って直接言う」って…約束したんだろ、俺。

なんで今更緊張してんだよ。


「……智明君?」


眉を下げ、心配そうに俺の顔を覗き込む彩ちゃん。

言え、言うんだ。言うんだ沢田智明。

言え。言え!!!言うんだ智明!!!!


「彩ちゃん。」

「うん…。」

「…俺、不幸かな?」

「……」

「……」


……あ?

何言ってんだ?俺。

怪訝な顔をしてから、ぐっと俯く彩ちゃん。


…俺の境遇を理解してるのか、彩ちゃんは。

やっぱり、電話の主は…目の前の子で間違いないのか。


「…智明君は、自分の事…どう思う?」


彩ちゃんは、俯いたままそう呟いた。

…俺が、自分自身の事を…どう思うか?

そんなの……。

小さい頃からずっと、演じていたような。

憧れの存在が、龍馬以外に居た気がする、みたいな…曖昧な思い出しか無いような俺が思うことなんて。


…そんな…俺だからこそ、思えることが、何かあるのかもしれない。



「質問に質問で返してごめん…あの…不幸を作る要素ってなんだと思う?」

気付いたらまた妙な事を口走っていた。

困惑させるな、なんて思いながらも…知りたくて仕方なくて。


「不幸を作る要素…私は、環境とか…境遇だと思う。」

困惑する素振りなんて見せず、顔を上げ、優しい声で答えてくれる彩ちゃん。


「うん、俺もそう思ってた。」

「……思ってた?」

「うん…でも最近考えが変わったんだ。」


自分でも何を言ってるのか分からない。

何を言おうとしてるのかも、分からない。

全部即興で話してるような、それとも…ずっと昔から、ずっと…同じ思いを抱いていたような。

前世から、いや、前の俺が、その前の俺が、ずっと思って、言いたくてたまらない事があったような。


「最近気付いたんだ、不幸を作るのは、環境でも境遇でもなく、感情なんじゃないかって…。」

「……感情?」

「うん、金銭的に貧しかったとしても、仲間に恵まれなかったとしても、自分が不利益だとか、不公平って思わない限り、不幸って事にはならないんじゃないかって。」

「…」

「た、例えばさ!魚介類ってあるじゃん!龍馬って魚食えないし俺からすれば不便そうだなって思うけど龍馬自身は大して気にしてないし、それ以外の物美味そうに食ってたりしてさ!それに魚って食中毒とかアニサキスとか怖いわけで!それから逃れられてるとか言ったら龍馬とか魚介類食いたくても食えない人達にハチャメチャに怒られそうだけど…待って俺何言ってんの怖、オタク特有の早口。」

「言おうとしてることは分かるよ、過疎ジャンルで生き残るオタクみたいな感じだよね?」

「え?」

「ほら「もう公式何も出さないよ!」って他ジャンルのオタク達から言われるけど、そのジャンルにいるオタクは公式が何も出さなかったとしても各々で幸せに過ごしてるんだもんね。」

「あーそうそうそういう感じ。」

「本当に分かってる?」

「分かってるよ、だから!不幸だとかそういうのは…各々の感情で変わるもんなんだ。」

「……智明君。」

「だから、俺が思う俺は……不幸じゃない、んじゃないかなって…。」


……しばらくの沈黙。

俯く彩ちゃんと俺。


「私も、不幸じゃないかな。」

口を開く彩ちゃん。


「…彩ちゃんがどう思うかで、変わるんじゃないかな。」

顔を上げてそう答えると、彩ちゃんも顔を上げ、こう返事してくれた。


「私は、智明君達と出会えたから不幸じゃないよ。」

「人に恵まれたな?」

「うん…ありがと、智明君。」

「飯でも食いに行く?それとも…龍馬と二人が良い?」

「……気付いてたんだ。」

「何が??」

「うっわ!意地悪!!言わせる気だ!!」

「なにが?」

「ヒー!!意地悪モンスター!ジジイ!!クソジジイ!!!」

「「ヒー!!」って何だよ…待て何つった?ジジイっつったかお前、面貸せ。」

「不幸だ私、私不幸。」

「おいふて腐れんな、帰るぞ。」

「うん……?方向逆じゃない?」

「最近変な奴家の前に居て怖いから遠回りして帰る」

「へえ」



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