第56話「悟り」



パラから呼び出された。

呼び出される事は初めてじゃないし戸惑わなかった。

けど、けれども

「明人について」なんて言われたら戸惑うに決まってる。


明人の友達のパラから見た明人の変化についてか、それとも能力についてか、それとも、あの、あの憎らしい漫画本についてからは分からない。


確認しなければ。


「はぁ……!はぁ……ッ!」


私らしくないだろうか。

思いきり走るなんて、私らしくないだろうか。

喉が渇いて唾液が張り付く。

手が震えて頭がぐらぐらする。酸欠だ。


内ももが擦れてタイツが破けそうで、スカートがバサバサと煩くて、頭に「校則違反」の文字が浮かんで消えた。

明人、明人。明人。


校舎裏。

息を整えてから顔を出そうかと思った。

けれどもそんな事をする余裕なんて無くて。


「晶さん!」

詩寂とパラがこちらを見つめる。


「明人についてって…何……!」

眉間に皺を寄せ、お互いの顔を見つめあっている二人。


詩寂が口を開いた。


「…あのエセ厨ニが目覚めた。」

頭が割れるように痛む。


「……明人が……!?気付いたんは誰や!?あんたか!?パラか!?」

詩寂の両肩を掴みそう尋ねると、パラが申し訳なさそうに自分の携帯を取り出し、画面を見せてきた。


「…明人本人が気付いて、僕に連絡を。」


…明人…。

明人。明人…。


「過酷な方法やないと…目覚めへん言うてたよな。」

「…はい。」

「……明人は、辛い目に遭ったんか。」


今の明人にとっての辛い出来事。

それは…龍馬関連、もしくは…漫画本関連か。


「恐らく。」

「おい落ち着けよ、あのエセが……」

「直樹さんに連絡してくれ。」

「は?」

「明人のお父さんの直樹さんや!会社でもいい!事務所でもどこでもええから!!」


頭がじんじんと痛む。

池崎直樹の顔が脳に過った。

全てが解決する保証はないのに、大きな存在に頼る事で何かが進展するのではという淡い希望を抱いた。


「待ってください晶さん、直樹さんって…池崎、直樹?」

「池崎直樹って、あれだろ……小説家の……?」

「…今は説明してる場合や無いけど…。」

「……」

「…せや、二人の思ってる通り…池崎直樹は小説家で…あの一片の報いの作者や。」









「姉さん、僕も能力者になれたよ。」

そう言うと姉さんは大きく目を見開き、僕を抱き締めてくれた。


姉さん、ごめんなさい。

諦めたかったよ。僕だって。

でもね、好きなんだ。ごめんね。

姉さんの思いは理解してる。

どれだけ龍馬さんを想ってるのかも分かってる。

いとこだけど、姉弟みたいに接してくれたから。

姉さんの事は全部分かるんだよ。姉さん。

隠し事があるのも知ってる。でも聞かないよ。

無関心だからじゃなくて、姉さんが大事だからだよ。


中学の頃を思い出した。

事件が起きる前、コンクール用の絵を描いていた。

最優秀賞には選ばれなかったけど、市の美術館に飾られる事になってウキウキしてた。

大好きな美術作品が飾られていたあの美術館に僕の絵が?って思って、嬉しくて、僕らしくないけど、父さんに大喜びで報告した。


父さんも喜んでくれて、見に行くときはスーツを着ると言っていた。


あの事を忘れたくて、父さんに頼み込んで美術館に行った。

絵を描いているときは忘れられたから。

無心で絵を描いていた頃を思い出せると思って、二人で行ったんだ。

飾られていなかった。

学校に連絡したら「連絡したはず」と。

「あんな事件が起きたんだから飾るわけにはいかない」と。


父さんは驚いていた。

僕の絵の代わりに、同じ美術部の誰かの絵が飾られていた。

人が沢山いるのに父さんは僕を抱き締めた。

「ごめん」と謝りながら。

「明人」と名前を呼んでくれた。

肩が湿っていた。父さんの涙だった。


父さんがなんで謝るのって言いたかった。

でも声が詰まって、僕も同じように泣いていたから。


「行くとは思わなかった」

叔母さんは当然のようにそう言った。

「明人は美術作品を愛してるんだ!それに触れることで少しでも救われるとしたら…」

父さんの言葉が嬉しかった、けど叔母さんは無視していた。

叔父さんは父さんへ「そういうことだから言わなかった」と言って。


そういうことってなんだよ。

僕は、なんのために絵を描いてた?

賞のためじゃない。でも、描いていて、誰かに実力が認められたのなら受け取りたかった。


あの糞教師のせいで何もかも上手く行かなくて。


美術館から帰った時。

僕が部屋でじっとしていた時、姉さんが怒鳴ったことも知った。

「教えないのは家族としておかしい」と

「明人の努力が報われなかったのなら一緒に悲しんであげなきゃいけない」と


昔は「姉さんの言葉が理解できなかったのか」と思っていたけど、今の年齢なら分かる。

『子供の意見だ』と一蹴されたということが、分かる。



「寒かったでしょ…明人…。」

大粒の涙を流す姉さん。

背に腕を回すと、強く強く抱き締めてくれた。


「姉さん、僕」

「……うん」


……いいかけて、やめた。

僕の思考を表す単語を、言いかけて、辞めた。


自分から進んで雨を浴びたのは初めてだった。

気持ち良かった。


これから先、同じように。

雨を浴びたくなるような気分になったら迷わず浴びようかと、思うくらい。

心地よかった。


泣いてるってバレないから。

心地よかった。


姉さんから離れて「シャワー浴びたい」と言うと、姉さんは頷き「着替え用意しておくね」と髪を撫でてくれた。


その時目に入る漫画本。



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