幸せの誓い
消えたあの子
「七瀬ー!あんた始業式から遅刻する気ー!」
そんなお母さんの大声で目が覚める。えっと……あれ?さっきまで私は桜ヶ丘女学園の中にいて……。ぼんやりする頭を必死に動かすと、真っ先にちーちゃんの笑顔が浮かんだ。
そうか、私、現実に戻ったんだ。それに始業式ってことは、私がゲームの世界に入ってから少ししか経っていない。あの日は始業式の前日だったから。
状況を理解した私は、お母さんの声に急かされるように準備を済ませ、「いってきまーす」と家から出た。そして、いつもと変わらない一日を過ごす。
少しだけ違っていたのは、高校二年目にしてようやく初めての友達ができたことだ。桜ヶ丘女学園のみんなと関わったことで、少しだけコミュニケーションスキルみたいなものが上がっていたのかもしれない。
その間も、やっぱりあの桜ヶ丘女学園で過ごした日々は頭から離れなかった。悲しみよりも、心にぽっかり穴が空いたような喪失感の方が強い。大事なものをなくしてしまったかのような……。
帰宅すると、私はすぐに桜ヶ丘女学園を起動した。画面には、ゲームの世界に入る前と同じ、あの桜ヶ丘女学園の校舎と桜達が映る。そして、机の上には全く同じ位置に、あのうめねこのキーホルダーがあった。
またしゃべりださないかとチラチラ気にしながら、私はまず姫乃と那月のストーリーを見てみることにした。ぼーっと選択肢を押しながら読み進めていくと、すぐに異変に気づく。
ちーちゃんが、いない。
どれだけストーリーを進めても、キャラクター一覧を確認しても、そこにちーちゃんはいなかった。忽然と消えてしまっていた。
呆然として流れるエンドロールを見つめていると、ふとイラストレーターの名前が目につく。ローマ字でumeiro-neiro。検索してみると、梅色音色と言う名前のアカウントが見つかった。やっぱり……どうして今まで気づかなかったんだろう。
携帯の連絡先から梅原音……私の従姉妹の名前を見つけると、通話ボタンを押す。呼び出し音が数回鳴って、久しぶりに聞く従姉妹の声が耳に響いた。
「はい……って、七瀬!?久しぶりじゃん」
私の従姉妹、音ちゃんが梅色音色という名でフリーのイラストレーターをやっているのは知っていた。桜ヶ丘女学園ではローマ字表記になっていたから完全に見落としていたのだ。
「音ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今大丈夫?」
「んー、まあ、ちょっとならいいよ」
音ちゃんは気怠そうな声で言った。徹夜明けのような、そんな雰囲気を醸し出している。音ちゃんは、普段は良いお姉さんなのに、睡眠が足りない時は分かりやすく機嫌が悪い。早く済ませた方が良いなと思い、お礼を言うと早速本題に入った。
「桜ヶ丘女学園のイラストレーターって音ちゃんだよね?」
「あー、あれね。そうよ。ジャンルには興味なかったけど、一応プレイしてみたし、中々良い作品だと思うわ」
「その中に、相川千尋っていうキャラいなかった?」
「は……?いなかったけど」
音ちゃんの言い方的に、全く嘘をついている様子はなく落胆する。かと言って、今まで私が見てきたちーちゃんがただの幻だったとは思えない。記憶の中ではゲームシナリオの中にも存在していて、私が世界に入った後もちゃんとそこにいた。
「音ちゃんごめん、忙しいのにありがとね」
機嫌が悪いままの音ちゃんにそう言うと、通話を切った。そして、部屋の床にへたり込む。
ゲームの世界に入ってしまった時よりも頭が混乱しているかもしれない。確かに存在したはずのちーちゃんが、ゲームから消えてしまった。もう会えないどころか、その姿さえ見ることができなくなってしまうなんて思ってもみなかった。
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