桜ヶ丘女学園にさよなら①

校門を抜けると、あちこちに満開となった桜が整列している。それはまさに、ゲームのタイトル画面で見た光景と全く同じだった。見たいとは思っていたけど、まさかそれが現実に戻る日になるとは思ってもみなかった。


このタイミングで満開になったのは、きっと偶然ではないような気がする。数日前終業式があった日は、まだ八分咲きといったところだったから。


私が桜達を眺めて棒立ちになっていると、制服のポケットからうめねこの声がする。


「もうあっちの世界への扉は開いているはずにゃ」


かたかた動いていたかと思うと、再びただのキーホルダーのように動かなくなった。後ろにいるちーちゃんに聞こえていなかったか心配で振り返る。


ちーちゃんも、先程の私と同じように桜に見とれていた。感嘆しながらも切なげに揺れる瞳。ちーちゃんの肩まである髪を、春風がなびかせている。話しかけるのも憚られるほど美しくて、ずっと見ていたいと思ってしまった。


終業式も終わったのに制服でいるのは、姫乃がそう提案したからだ。ここを離れる最後の日、桜ヶ丘まで行くと言ったら、何故か志歩や結佳ちゃん達を含めたみんなが校舎に集まってくれることになった。


「そろそろ行こう」


いつの間にか、ちーちゃんは私の隣に立っていて、いつものように私の手をぎゅっと握る。


「うん」


頷くと、阿吽の呼吸で二人同時に歩き出した。




「せっかく仲良くなれたのに……」


涙をぽろぽろ流して号泣する結佳ちゃんの肩を、海谷先生がぽんっと叩いて優しい眼差しで見る。保険室で待っていてくれた二人と合流する前から、結佳ちゃんはこんな様子だったらしい。


「あなたがそんなに泣いていたら、二人が逆に困っちゃうじゃないの」


海谷先生はハンカチで結佳ちゃんの涙を拭うと、結佳ちゃんをそっとこちらに向かせる。再び溢れてきた涙を自分で拭いながら、結佳ちゃんは言った。


「遠くに行っちゃっても、友達だからねっ……」


抱擁を交わすと、再び声を上げて泣きじゃくる結佳ちゃん。ゲームをしたときから思っていたけど、本当に情に厚い子だなぁ……。そして、それを見守る海谷先生。またゲームをやったら、二人に会えた感覚になれる……よね、きっと。


今までの感謝を伝えて別れると、名残惜しい気持ちを抱えながら、早貴と志歩が待つ体育館へ行った。


「ま、まあ、それなりにお世話になったわけだし、お礼を言ってやらないこともないわよ?」


「向こうに行っても達者でな」


相変わらずの二人に何だかほっとしていると、志歩が付け加えるように言う。


「あいつら、すぐに自分たちの世界に入っちゃうし、相川のことは私たちに任せて」


あいつらって……姫乃達のことだろうか。分からないまま頷くと、ちーちゃんがくすっと笑う。心なしか、ずっとどこか思いつめたような表情をしていた気がするから、それを見て再びほっとする。




最後に、私達が初めて出会った教室へ向かった。あの日、姫乃が「ようこそ、桜ヶ丘女学園へ」と言ってくれた時から私のこの世界での時間が始まった。


教室に入ると、二人ともしんみりとしていたのに私達を見ると穏やかな笑みになる。


「思っていたより、元気そうで良かったわ」


「てっきり二人とも、もう泣いてるかと思ってた」


二人にそう言われて、私達は顔を見合わせた。私もちーちゃんも、お互いに悲しい顔を見せまいとしているのかもしれない。ちーちゃんの瞳をじっと見つめても、真意は分からなかった。


見つめ合う私達に、姫乃がぱんっと手を叩いて「二人の時間は後であげるから、今は四人でお話ししましょう」と言う。姫乃と那月がいる場所は、まさに私達が出会った場所。私が尻餅をついて座っていたところだった。


「あれから一年弱……いろんなことがあったわね」


懐かしみながら言う姫乃に、私は助けてもらった時のことを頭に思い浮かべながら伝える。


「姫乃……その、本当にありがとう。私が、ちーちゃんと幸せになれたのは姫乃のおかげだよ」


「私は何にもしてないわ……二人が想い合っていたからこそ、幸せになれたのよ」


姫乃の言葉に、二人して照れていると那月が拗ねるように言った。


「ってか、なんか私だけ何も知らなくて悔しい。二人が悩んでたのとか、全然知らなかったし……」


「ふふっ……そんなに拗ねないの。そこが那月の良いところなんだから」


そう言いながら、姫乃は那月の頬を人差し指でつっつく。


しばらく懐かしい話をして時間が経過すると、胸ポケットのうめねこが突然激しく動き出した。


「ご、ごめん二人とも……もう行かなくちゃいけないみたい」


内心焦りながらも言うと、姫乃と那月は頷いた。


「分かったわ。またそう遠くないうちに、会えると良いわね」


「千尋のことは私らがちゃんと見とくから。悪い虫ひっつかないように」


二人の笑顔に見送られ、私とちーちゃんは教室をあとにした。




それにしてもおかしい、まだ日没にまでには時間があるはずだ。ちーちゃんにはお手洗いに行くと伝え、うめねこを確認する。すると、私の心の中を読んだようにうめねこは言った。


「さっきのは扉が閉まる一時間前の合図にゃ。まだ扉を確認していにゃいみたいだから、特別措置にゃ」


「もう一時間前……」


「過ぎると二度と戻れにゃいから、覚えておくにゃ」

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