言えない別れ
あれから三日――
「あ、あのね、ちーちゃん……えっと……」
「うん?」
「今日も可愛いね!」
「ふぇっ?どうしたの、突然」
こんな感じのやり取りが、毎朝続いた。言おうとするんだけれども、喉がつっかえて他の話題にいってしまう。元の世界に帰るけど、帰りたくない。そんな思いが、ちーちゃんに伝えることを阻んでいた。
午後の授業が始まる前。どうしたものかと机でうなだれていると、
「ななせっち、なんかあったん?一番の友達に話してみ」
頬杖をつきながら言う相模さんに、私は話してみることにした。元々相模さんや姫乃達にも言おうとしていたし、ここで何でもないと言っても相模さんは信じてくれなさそうだ。
「えっ、ななせっち、引っ越しちゃうの!?」
放課後になり、クラスのみんなが帰ってしまった後。教室に相模さんの驚いた声が響き渡る。さすがに現実とかゲームの世界とか、そんな話をしたらややこしくなってしまうから引っ越すということにした。
「うん……」
相模さんの反応を見て、ちーちゃんだけでなく、相模さんや他のみんなとも会えなくなることを急に痛感してしまった。私がうつむいていると、相模さんは優しい声音で言う。
「急でびっくりしたし、寂しいけどさ……聞けてからでよかったよ。だって、黙ってどっか行かれる方が嫌だもん」
そっか……そうだよね。ちーちゃんもきっと、伝えてから離れた方が嫌な思いしないよね。相模さんの言葉を聞いて一人納得する。
「ありがとう、相模さん。相模さんのおかげで決意固まった」
「もし、ちひろっちにまだ言えてないとかだったら、なるべく早く言うんだよ?もたもたしてたら、あっという間に当日になっちゃうんだからね?」
何の決意かは言わなかったのに、相模さんには分かってしまったみたいだ。私は一瞬驚きつつも、心配そうに言う相模さんを見て心が温かくなる。
「うん、ありがとう。もう大丈夫……相模さんみたいな友達がいたこと、私絶対忘れないよ」
相模さんと別れ、桜ヶ丘の校門を通ろうとすると、
「七瀬さん」
と名前を呼ばれる。振り返ると、姫乃が立っていた。
「ちーちゃん、そんなに鈍感じゃないから……あなたが自分に何か大事なことを言おうとしているの、気づいているわ。だから、言いづらいことでも、落ち着いて話せば大丈夫よ」
それだけ告げると、姫乃はさっさとグラウンドの方へ行ってしまった。……後でお礼、ちゃんと言わないとな。
姫乃も最初から私とちーちゃんのこと気にしてくれていたし、他のみんなにもたくさん助けてもらった。思えば、ここに来てからそんなことばかりだったな……。現実の私は、ずっと一人だったのに。
帰路を歩きながら今までのことを思い返していると、ようやく別れの実感が湧いてきて泣きそうになってしまう。まだ、ちーちゃんに言えてすらいないのに。
早足で帰宅すると、ちーちゃんの部屋のドアをノックする。返事を聞いてから、緊張しながら中へ入った。躊躇う私に、ちーちゃんは穏やかな笑みで言う。
「私に言いたいことが、あるんだよね」
私はゆっくりと頷き、堰を切ったように話し始めた。
「あのね、私……もうすぐちーちゃんとは会えなくなるの。信じてもらえるかは分からないけど、私、こことは別の世界から来て……四日後にはもう、戻らなくちゃいけないんだ。そしたらもう、ちーちゃんとは二度と会えなくて……」
ちーちゃんには、そのままを伝えたかった。話しているうちに涙が出てきて、鼻声になってしまう。そんな私を、ちーちゃんは優しく抱きしめた。耳元で微かにすすり泣く声が聞こえる。
「泣かせちゃって、ごめんね……」
私が抱きしめ返しながらそう言うと、ちーちゃんはゆっくり噛みしめるように言った。
「ううん。七瀬ちゃんに幸せにしてもらったこの気持ちは、絶対に消えないもん」
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