うめねこのキーホルダー

翌日、私は何事もなく日常を過ごしていた。きっとあれは、もうすぐ現実に戻らなければいけないという予兆なのかもしれない。その予感を裏付けるような出来事もあった。


朝目を覚ますと、床にうつ伏せで倒れていた私の手の近くに、うめねこのキーホルダーが落ちていた。一瞬ちーちゃんのものかと思ったけれど、ちーちゃんはいつも通学鞄につけているからここにあるのはおかしい。それ以外では、ちーちゃんが持っているのを見たことがない。確信は持てなかったものの、私の頭の中には自分が現実で持っていたものなのではないかという考えが浮かんでいた。


ちーちゃんにキーホルダーを見せると、とても驚いていた。そして、丁度良いからこれもお揃いでつけようと言われ、そのまま私も通学鞄につけた。


今日は、ちーちゃんの不定期である部活の日。一人で通学路を歩いていると、突然どこかから声がした。


「帰る時が近づいてきたのにゃ」


……のにゃ?不思議な語尾にひっかかったものの、声の主を探そうと辺りを見回す。すると、またもや声がした。


「ここにゃ、ここにゃ」


意外なほど近くで声がする。けれども、いくら見回しても近くには誰もいない。私が首をかしげていると、声の主は怒ったように言った。


「君の鞄についているから見るにゃ!」


慌てて肩にかけていた鞄を下ろし、手で持ち上げてみる。


「にゃーの名前はうめねこにゃ。まあ、君はもう知ってるよにゃ」


キーホルダーのうめねこから、声がしていた。


「ぎゃ、ぎゃあああ」


私はその場で腰を抜かし、鞄から手を離す。


「いきなりなにするにゃ!目が回ったにゃ」


うめねこが喋るたびにキーホルダーがカタカタ動いて、まるで生きているかのようだ。目を強く擦ってみたけど、どうやら見間違いではないらしい。


「な、なんでうめねこが喋ってるの……?」


「細かいことは後にゃ。それより、君はもうすぐ元の世界に戻らなければいけないのにゃ。それを伝えるために、にゃーは来たにゃ」


元の世界と聞いた途端、驚きで混乱していた私の頭が冷静になる。ここにいること自体、そもそも普通じゃなかったのだ。キーホルダーが喋ったぐらいで腰を抜かしている場合じゃない。それよりも重要なことを言おうとしているみたいだから、ちゃんと聞こう。


「いつ、いつなの?私が帰らなきゃいけないのは……」


「一週間後にゃ」


「一週間後……!?」


「そうにゃ。その日の正午から日没まで、元の世界に戻る入り口が開くのにゃ。日が沈みきったらなくなってしまうから注意するのにゃ。それを逃したら、君は二度と元の世界に戻れなくなるからにゃ」


この世界にまだいたいという気持ちはあったけれど、二度と戻れないのは困る。だから、必ず一週間後に帰らなくちゃいけない。ということは、ちーちゃんやみんなといられるのも、あと一週間……。


「それじゃ、にゃーの用事はもう済んだから、ただのキーホルダーに戻るにゃ」


「ちょ、ちょっと待って、時間は分かったけど、その入り口の場所はどこなの?」


「あーそれ言い忘れてたにゃ。ゲームのタイトル画面になっているあの場所にゃ。細かいところは見たらすぐ分かるだろうから省略するにゃ」


大事なことなのに、随分と適当だな……。私が呆れていると、うめねこはいつの間にか何も言わず動かなくなっていた。まるで狐につままれたような感覚だけど、一週間後というタイムリミットに気持ちが焦る。


このこと、ちーちゃんには言うべきなんだろうか。現実に戻る日にちーちゃんといたら、帰りたくなくなってしまいそうで怖い。それに、もうちーちゃんの悲しい顔は見たくない……。


突然告げられた期限に戸惑う私は、しばらくその場から動くことができなかった。

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