友情のハグ

幸せそう、かあ……。あれから一週間経っても、万里君の一言が頭から離れない。ちーちゃんを一番近くで見てきたのは年の近い家族である万里君だと思う。その万里君からそう見えていたなんて……素直に喜んでしまっても良いのだろうか。


茶道部に向かうちーちゃんを見送り、教室の掃除を済ませ、そのまま居残ってそんなことをぼーっと考えていた。他には誰もいない。眠気でうつらうつらしながら座っていると、やがて静寂を破るように教室のドアが慌ただしく開いた。その人物は、教室には誰もいないと思っていたのか私を見るなり叫び声をあげる。


「きゃーーーー……って、なんだ、ななせっちか」


相模さんは、私だと認識するとほっとしたようにその場に座り込む。駆け寄りながら、あまりの驚きっぷりに気になったことを聞いてみる。


「驚かせてごめん。もしかして、相模さんホラーとか苦手?」


「めっちゃ苦手。お化け屋敷とか入り口だけで無理だもん」


私の質問に相模さんは即答する。意外だなと思いつつも、私はまだ座ったままでいる相模さんへ手を差し出す。立ち上がった相模さんをそのまま自身の席に誘導し、二人でいつもの並びで座った。しばらくして、落ち着いた様子の相模さんが思いついたように言う。


「そういやななせっち、私に勉強教えてくれない?」


「もちろん、いいよ」


特に断る理由もなく私が頷くと、相模さんは嬉しそうに微笑んで言った。


「ありがと!」




どうやら、中間試験であまりよろしくない点数だったらしい。暇かと聞かれて頷くと、すぐに図書室まで連れて行かれた。人はあまり多くなく、本を読んでいる生徒と、私達と同じように勉強目的でいる生徒が半々だった。私と相模さんは空いている席に座ると、早速勉強を始める。


「こことここと、ここが分からないんだよね」


事前に解答を見ても分からないところをまとめてきたらしく、スムーズに進んでいく。相模さんは、吸収が早くて私が説明するとすぐに理解していった。私がそれを伝えると、相模さんから教え方が良いのだと逆に褒められる。


そうしているうちに、相模さんは唐突にペンの動きを止める。どうしたのかと見つめていると、相模さんは私と目線を合わせずに言った。


「……私、ななせっちのこと好きだった」


突然の告白に、驚いて息を呑む。私が口を開こうとすると、その前に相模さんは言った。


「でもさ、ななせっちが今誰のことが好きなのか分かってるから……私が好きだって言っても、良い答えが返ってこないのは分かってた。だから……今は、良い友達になりたいなって思ってる」


相模さんは、明るい笑顔を浮かべている。でも、その瞳は心なしか少し潤んでいるように見えた。


「相模さん……私」


「ちひろっちでしょ?ななせっちが好きなのは」


戸惑いながらも何かを言おうとする私に、相模さんはそう言って微笑んだ。


「うん……」


「応援してるから」


どう反応して良いか分からないでいる私をフォローするように言葉を紡ぐ相模さん。こんな状況初めてで、どう反応するのが正解なのか分からない。けど、謝るのも、感謝するのも違う気がした。何を言えば良いのか分からない、でも……これだけは伝えたかった。


「私……相模さんと仲良くなれて良かった」


「そうだよー。私みたいなのと友達になれるなんて、ななせっち恵まれてるんだから!だから早く、恋人になったよ報告聞かせてよね」


気持ちに応えられないからとかじゃない。相模さんが自分の気持ちそっちのけで、ただ私がこの場にいやすいようにしてくれているのが伝わってきて、泣きそうになる。現実に戻ったとしても、相模さんという友達がいたことは、絶対にこの先忘れることはない。


帰り際、図書室を出ると相模さんはいきなり私をぎゅっと抱きしめた。驚いている私に、相模さんは何かを払い飛ばすように言った。


「友情のハグ!」

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