弟君の相談事
「七瀬さん、ちょっといいですか?」
ある日、食器洗いを終えると、突然ちーちゃんの弟・
「いいけど……どうかしたの?」
「相談したいことがありまして」
今まで滅多に話しかけられることがなかったから、少し緊張する。それに、何故家族の誰でもなく、私なんだろう。不思議に思っていると、家族の誰にも聞かれたくないからと万里君の部屋に招かれた。
「好きな子に告白しようと思っているんですけど、場所どこが良いと思いますか?」
部屋に入り、私をクッションの上に座るよう勧めると、間髪を入れず万里君は言った。なるほど、確かに家族には相談しづらい内容だな……と納得しつつも、困ってしまう。だって、私みたいな恋愛経験皆無人間に良いアドバイスができるはずもないのだ。
「え、えーっと……学校の、人目のつかない場所とか良いんじゃないかな」
必死にひねり出したけど、全くと言って良いほど参考にならないだろうな。むしろ、当たり前なことを言ってしまった。申し訳なく思いながらも、これ以上の案が出てこない。
「人目のつかない場所……裏庭とかですかね」
「うん、そこが良いと思う」
「何か、適当にあしらわれているような気がするのは気のせいですかね」
万里君は疑いのまなざしを私に向ける。ふわふわしているちーちゃんとは違って、万里くんはいつも冷静で、どこか鋭いところもある。私は冷や汗をかきながら言った。
「そ、そんなわけないよ」
「……分かりました。いくつかの候補があって迷っていたので助かりました」
万里君は言いながら、頭だけのお辞儀をした。「いえいえ」と返して、改めて部屋を見回すと、本棚から溢れるほどに本がたくさんある。勉強机の周りにも山積みになっていた。私が呆気にとられていると、万里君は私の視線の先を辿って言った。
「何か気になる物があるなら、お礼も兼ねて貸しますよ。同じ家なのですぐに返してもらえるでしょうし」
「いいの……?」
「はい」
「では、お言葉に甘えて」
本は、ゲームと勉強と同じくらい私の生活を潤してくれていた物だ。万里君の返事を聞くと、私は部屋中に所狭しと並べられている本を物色しだした。いろいろなジャンルの本があって、実用書、小説、参考書、辞書……分厚いものまでしっかり揃っている。
その中に、見覚えのあるタイトルがあって手に取って見てみる。現実で、一時期話題になっていたミステリー小説だ。その頃はゲームに熱中していて、読むタイミングを逃していた。
まさかここで出会えるとは……という嬉しさと同時に、疑問が生じる。このゲームの世界では、ほとんど現実のパロディのような商品や店ばかりだ。それなのに、ちーちゃんの家には何故か、うめねこのグッズやこの小説みたいに現実と変わらない物がある。
私が考え事をしてじっと固まっていると、万里君が静かに話しかけてきた。
「その本、良い内容でしたよ」
考えていたのを一旦止め、一拍間を置いて言う。
「貸してもらうの、この本にするね」
万里君はゆっくりと頷いた。それを確認し、立ち上がろうとすると、
「僕が相談したこと、姉さんや家族には絶対に言わないでくださいね」
念を押すように言われる。
「もちろん。約束する」
私の言葉に、万里君は安心したようにため息をついた。その様子を見て、ふと気になったことを聞いてみる。
「場所以外は決まっていたの?」
「はい、その他はすぐに決めましたよ」
「そ、そうなんだ……」
すごいな……私なんか、いつ告白するかをずっと決めかねているのに。私が感心していると、万里君から予想外の言葉が飛び出す。
「姉さんのこと、よろしくお願いしますね」
「へっ?」
驚いて間抜けな声を出した私に、万里君はぷっと吹き出した後、楽しそうに微笑んだ。
「七瀬さんが来てからの姉さん、今までで一番幸せそうなんです」
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