海辺の熱い視線
高木さんが用意してくれた夕食を食べ、しばらくすると皆各々の部屋へと行ってしまった。私も、ちーちゃんと約束した時間まで一人で過ごすことにする。別荘の部屋は、ホテルほどに整っていた。ベッドのシーツも皺一つなくて、座るだけでも躊躇ったほどだ。
頬杖をつきながら暗くなった海を眺め、今日見たちーちゃんの表情を思い返す。大事な話のニュアンスといい、夕暮れ時の切なげな表情といい、嫌な予感しかしない。私、ちーちゃんに何かしてしまったのだろうか……。ため息をついていると、携帯がぽんっと鳴った。ちーちゃんからメッセージがきたようだ。「別荘の外で待ってます」一言それだけが書いてあった。
緊張しながらも一階に降り、サンダルを履くと玄関扉を開ける。開けた瞬間、生暖かい潮風が吹きつけた。
「七瀬ちゃん、わざわざごめんね」
薄明かりの中に立つちーちゃんは、やっぱりいつもと雰囲気が違う。
「ううん。急にどうしたの?話って……」
私がいい終わらないうちに、ちーちゃんは私の手をぎゅっと握って言った。
「取り敢えず、行こっか」
ただならぬちーちゃんの様子に私はそれ以上何も言うことができず、ただ黙って手を引かれるまま着いていった。
海辺に着くと、ちーちゃんは繋いでいた手を離し、そわそわしだす。まるで、ちーちゃんの大事な話が何なのか考えていた時の私みたいだ。
「ちーちゃん……?」
私が戸惑いながらも名前を呼ぶと、憂いを含んだ瞳で私を見た。次第にそれは熱っぽい視線に変わっていき、ドキッとしてしまう。
「七瀬ちゃん、あのね、私……七瀬ちゃんのことが……」
しかし、それを遮るように特徴的な高い声が静かな浜辺に響いた。いつものような威勢はなく、少し寂し気だった。
「あーもう、早貴様ったら全然構ってくれないんだから……」
志歩はそう言うと、浜辺で座り込む。私とちーちゃんには気づいていないようだ。私たちは何となく、近くにあったヤシの木の影に隠れる。息を殺しながら、まだ心臓がドキドキと鳴っていた。しかも、隠れるために密着しているから距離が近い。
真夏の夜の暑さとともに、密着していることへの照れから身体が更に火照る。私がヤシの木に背を向け、ちーちゃんは志歩の様子を見られるように体をそちら側に向けている。つまり、抱き合うような格好で私達は立っていた。
「志歩ちゃん、しばらくはあそこから動かなさそう。静かに歩いたら見つからないかも」
ちーちゃんが私の耳元に小声で言うと、自然と囁くようなって、それに対して色っぽいと感じてしまった。私は平静を装うと同じく小声で返す。
「じゃあ、タイミング見計らって別荘まで戻ろうか」
ちーちゃんが頷くと、再び静寂が訪れる。波の音に集中すると落ち着くのに、一度ちーちゃんが近くにいることを意識すると息が苦しくなる程ドキドキしてしまう。これ以上この状況が続いたらどうにかなりそうな気がして、私はちーちゃんの手をしっかり握ると忍び足で歩き出した。ちーちゃんは手を握った瞬間は驚いていたものの、すぐに私に合わせてついてきてくれる。
そうして志歩に気づかれずに別荘まで着くと、二人してため息をついた。着いた後で別に隠れなくても良かったことに気づいたけど、黙っておくことにする。誰もいない静かなリビングのソファに二人で座ると、
「……大事な話、また今度にするね」
そう言ったちーちゃんは、残念なような、ほっとしたような複雑な表情をしていた。
ちーちゃんは何が言いたかったんだろう。言いかけていた時の様子から、心配していたような話ではなさそうだと安堵しつつも、気になってその夜はなかなか寝付けなかった。
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