番外編・姫乃の仕返し

あの二人……絶対両思いなのに、焦れったいわ。ちーちゃんと七瀬さんが帰っていく後ろ姿を見つめながらため息をつく。ちーちゃんは明らかに七瀬さんのことを意識しているし、七瀬さんもちーちゃんのことを憎からず思っているだろうに、どうしてあんな距離感なのかしら。


「姫乃……そろそろ離してくれてもいいでしょ」


見ると、私の手は未だに那月の頰を掴み、むぎゅっと引っ張っていた。


「ごめんなさい。考え事してたら、掴んでいるのを忘れていたわ」


ぱっと手を離すと、那月は頰をさすりながらこちらを軽く睨む。その表情に、再び悪戯心が刺激された。さっきのこともあるし、今日はとことんいじり倒しちゃおうかしら。企みながら笑みをこぼしていると、那月は真面目な顔をして言う。


「なんか分かった気がする、空気読めないっていうの。あの二人、まだ付き合ってなかったんだな……」


「そうね、私も同じことを思っていたわ」


どう見ても好き合っているし、周りから見ても勘違いしてしまうほどなのに、二人は付き合っていない。特に七瀬さんの方は分かりやすくちーちゃんへの好意がダダ漏れなのに、ある一定の距離を保っているように見える。それが何故なのかは分からないけれど。


「ちょっとからかうつもりだったんだけど、言うべきじゃなかったよな……」


「ちゃんと理解して反省できるなんて、いいこよ、那月」


項垂れる那月の頭を撫でると、不服そうな目で私を見る。


「なんかすっごく子供扱いされてる気がするんだけど」


「まさか、気のせいよ……ふふっ」


その反応が見たくて……だなんて、口が裂けても言えないわね。


「ところで、今日は泊まっていくでしょう?」


「さっき姫乃のお母さんに会ったら同じこと言われたし、泊まっていくかな」


呟くように言う那月に、私は少し不機嫌になる。那月のことになると、こんな大したことない理由でやきもちを妬いてしまう。


「お母様に言われたから、泊まることにするの?」


那月は一瞬何を言われているのか分からないような顔をしていたけれど、私の頭にぽんっと手を置き微笑むと言った。


「もちろん、姫乃ともっと一緒にいたいからに決まってんじゃん」


期待していた返答がきて、身体中の体温が上がる。その熱を冷ますように、今度は私が那月の耳元にそっと囁いた。


「今日は先に寝ちゃダメよ」


それは寝る前の通話中、いつも先に寝てしまう那月に対してのちょっとした仕返しだった。

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