あの子の気持ちは②
「大切な友達だし、恩人だし……大好きだよ」
「友達ねえ……」
姫乃は疑うような眼差しを向けてきて、ため息を吐き静かに言った。
「そういうことを聞きたいんじゃないの。恋愛として……ちーちゃんを一人の女性として、どう思っているかってことよ」
薄々そういう意味なのではと勘付いてはいた。それでも、改めて言葉にされると答えに窮してしまう。私にとって、ちーちゃんは……ゲームの中の推しであり、大好きな子。でも、この世界で私が存在していて、ちーちゃんの隣にいる私は……。
「私は、別に……ただ友達として、幸せにしたいと思ってるよ」
言葉を発する度、罪悪感のようなものが押し寄せる。それが姫乃に対してなのか、自分に対してなのか……それとも、ちーちゃんに対してなのかはわからない。
「そう……。それがあなたの、本心だと思っていいのね?」
「うん……」
納得してくれた、そんな風に思っていたら姫乃は再びため息をついた。
「はぁ……七瀬さん、ちーちゃんの気持ちを少しでも考えたのかしら」
「ちーちゃんの、気持ち……」
復唱しながら、以前早貴に言われたことが頭をよぎる。私はちーちゃんの変化に、全く気づくことができなかった。それと同じようなことを、今姫乃に指摘されているような気がする。
「そもそも幸せなんて、誰かから押し付けられるようなものじゃない。自ら感じるものなのよ。だから、あなたがいくら幸せにしたいと思って行動したって、それはただの押し付けでしかないわ」
痛いところを突かれて、身を縮こませる。ぐうの音もでないでいる私に、姫乃は少しだけ穏やかな声音になって言った。
「ちーちゃんは、あなたが何かしなくても自分で幸せを見つけて、感じると思うわ。あの子、ああ見えて強いから」
「でも、じゃあ私は……」
姫乃の言葉が腑に落ちつつも、ちーちゃんのために何かしたいと言葉を発しようとする。でも、その先が出てこなかった。そんな私に、姫乃は喝を入れるように強い口調で、
「あなたはまず、自分の気持ちにしっかり向き合いなさい。他人のことをどうこうするより、それが先よ。自分の気持ちも、どうしたいかもはっきりしていない人に、他の誰かを幸せになんてできないわ。……これが、ちーちゃんの幼馴染であり、あなたの友人でもある、私からのアドバイスよ」
一気にそう言うとソファに身を預けた。きっと、志歩との言い合いの時みたいにエネルギーを使って疲れたのかもしれない。姫乃は気の強いところもあるけど、普段は本当におしとやかだから。それだけ、ちーちゃんのことを幼馴染として大切に思っていて、私を……友達として諭してくれたのかもしれない。
「……ありがとう、姫乃」
少し涙ぐむ私に、姫乃は微笑みながら言う。
「ちゃんと自分の気持ちにも向き合って、ちーちゃんの気持ちもしっかり考えてね。私の口からはっきりとは言えないけれど……ちーちゃんもきっと、それを待っているはずだから」
姫乃がそう言い終わると同時に、部屋の立派な時計から鳥の鳴き声がする。三時を知らせるもののようだ。那月はともかく、ちーちゃんはいくら姫乃の家が広いとはいえ帰ってくるのが遅い気がする。
「ちーちゃん、お手洗いだけにしては遅いような……」
「ああ、大丈夫よ。ちーちゃんに話を聞かれるわけにはいかないから、息抜きついでに那月を呼びに行ってきてって頼んでおいたの。那月、走るときは携帯を持ち歩かないから丁度良かったわ」
そう言って、ふふっと微笑む。用意周到だな……さすが姫乃だ。
しばらくして二人揃って帰ってきたちーちゃんと那月。その後休憩明けの勉強を終えて、そろそろ解散しようかという雰囲気になってきた頃。
「そういや最近二人、よく手繋いでるよなー。もしかして付き合い始めでもした?」
那月の言葉に一瞬、その場の空気が凍りつく。それを不思議そうにしている那月の頭を姫乃が軽く小突いた。
「那月。そういうことは、ちゃんと空気を読んでから言って」
「空気……?空気って読めるのか?」
「もうっ……運動は完璧だし勉強も教えたらすぐ分かるのに、そういうところはダメね」
賑やかにやり取りする二人に対して、ちーちゃんは静かに言った。
「あ、あのね、手は私が勝手に繋いでもらっていただけで、付き合ってはないよ。……もし嫌だったならごめんね、七瀬ちゃん」
まさか謝られるとは思っていなくて、どう反応すべきか躊躇ってしまう。そんな私を見かねてか、
「二人共、先に帰っていいわよ。那月には私がちゃんと分かってないこと教えてあげるから」
姫乃は那月の頰を軽くつまんで引っ張りながら言った。
「分かってないことってなんなのさ?ってか、痛い、痛いって……」
那月のそんな声を聞きながら、私達はそれぞれ姫乃と那月にお礼を言って部屋を出る。
メイドさんがまた玄関まで送ってくれて、私達は帰路に着いた。沈黙がひたすら流れ、私は二、三歩ちーちゃんの後ろを歩いていた。ちーちゃんは姫乃の部屋を出てからずっと顔をうつむけている。ちゃんと、伝えなくては。
「あのね……ちーちゃん。私、手繋ぐの嫌なんかじゃないよ。むしろ……繋ぎたい」
言い終わらないうちに、不安そうに震えていたちーちゃんの手に自分の手を重ねて、繋いだ。驚いた表情をしてこちらを振り返るちーちゃん。それはすぐに、花が咲いたような笑顔に変わる。私の大好きな、ちーちゃんの笑顔だ。
今までは戸惑いながら繋いでいた手。それがなくなって、ただ大好きな子と手を繋いでいる嬉しさでいっぱいになる。
今はまだ、迷ってばかりだし、自分の気持ちですらわからないことだらけだけど……この笑顔がこの先もずっと見られるように、続くように、自分なりに答えを見つけていこう。
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