雨音早貴は語る

ドタバタだった球技大会も終わり、ドッジボールでは私達のクラスが三位。ソフトボールでは那月のクラス、バスケットボールでは早貴のクラスがそれぞれ優勝。テニスは姫乃のクラスが二位、志歩のクラスが五位だった。

帰り際、志歩が姫乃の前に現れ夕焼けをバックに「今度は絶対負けないんだから!」と捨て台詞を残して走っていった姿が妙に目に焼き付いている。


次の日、不定期であるちーちゃんの茶道部があったため、私は一人で帰ろうとしていた。階段を降りていると、下から早貴が上ってくる。目が合うと、まじまじと見つめられた。その様子から、思い出そうとしているのだろうと察する。


「君は確か……七瀬と呼ばれていたな」


「梅原七瀬です」


なんとなく、同級生なのにお辞儀をして丁寧に名乗ってしまった。


「転校生がいると噂には聞いていたんだが、ちゃんと言葉を交わすのは初めてだったな。私は雨音早貴。君と同じ二年生で、相川達とも中学の時同じクラスだった」


言い終わると、きっちり九十度頭を下げる。桜ヶ丘は中高一貫校だから、志歩を含め、登場するキャラクター達は皆中学からの仲だ。


「少し、話していかないか」


「いいけど……何で急に?」


早貴とはこの世界に来て、昨日一方的に志歩達といるのを見ていただけで他に接点はなかったはずだ。私が訝しげに見つめると、早貴は当然のことのように言った。


「相川、今日は茶道部だし、君はどうせ暇だろう?少しばかり興味があってな、相川の隣にいる君に」


銀縁眼鏡越しに、まるで全てを見透かすような瞳で見つめ返される。もしかして、この世界の人間ではないことがばれて、それについて詰められるのでは……なんていう被害妄想を繰り広げていたら、全く違った。


「君は相川にとって、よっぽど特別なんだろうな」


どうやら早貴は、ちーちゃんのことが心配だったらしい。被服室に連れていかれ、戸惑いながらも早貴と向かい合わせに座った瞬間の第一声がこれだった。


「友人として、少し気になっていたんだ。相川の他人に対して一歩引く姿勢に。だが、君とは他とは何か違うように見える」


「一歩引いてる……?ちーちゃんは、みんなと仲が良いように見えるけど」


「そう見えるが、実は本心を全く見せていないように私には見えるんだ」


私が腑に落ちないでいると、早貴は更に続ける。


「それが、君と一緒にいるのを見かけるようになってから、変わった気がする」


早貴の言葉を聞いて、ゲームをやっていた時から見ていたちーちゃんを頭に思い浮かべる。幼馴染を想う姿、友達の悩みに親身になっている姿、誰かの幸せを自分のことのように喜ぶ姿……そして、実際に会って間近で見た、天使のような笑顔。特別なフィルターがかかっているように全てがキラキラしていて、先程聞いたことは微塵も感じることができなかった。いつも、いつも見ていたはずなのに……。


「あくまで私が感じるというだけの話なのだから、あまり気にするな」


「う、うん……」


余程落ち込んで見えたのだろう、気を遣わせてしまった。実際、かなり沈んでいた。それなりに、分かっているつもりでいたからこそ。


「そんな君に、晴奈の良い部分を語ってあげようと思う。今はまだ、なんというか……彼女の暴走しているところしか見ていないだろうからな」


一旦咳払いすると、つらつらと志歩との出会いから話し始める。


「あれは、遠い春のことだった。近所のスーパーでもらったパンの耳を食べていた私に、急に彼女が話しかけてきたんだ。自分の作った弁当を私に差し出して、「これ、食べてください」とな。言われるまま食べたんだが、それはそれは栄養満点の美味しい弁当だった」


……ツッコミどころはあるけど、とりあえず聞こう。


「それ以来、彼女は何かと私の身の回りの世話をしたがった。弁当も毎日作ってきてくれたし、朝も毎日起床時間に電話をくれる。私が汗をかいていたら拭いてくれたり……まあ、いろいろとな。頼んでもいないのにそこまでしてくれるなんて、すごいだろう?」


「ま、まあ……そうだね」


その瞬間、早貴のポケットからタイマーのような音が聞こえてきた。


「部活の時間だ。悪いな、時間を使ってしまって。話を聞いてくれて感謝する。それではまた今度」


早口で言い終わると、スタスタと歩いていってしまった。落ち込んでいた気持ちは、志歩の話でいくらか薄れていた。あの話を聞いて、一見志歩の一方的な好意に見えているけれど、早貴の方もよく分からない自慢話をしてしまう程には志歩のことを好いているのだなと感じた。現実に戻ったら、この二人のストーリーも最後までやりたいな。

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