語らう二人

声の方へ駆け寄ってみると、やはり姫乃と志歩だった。よく見ると二人共テニスのラケットを持っている。ただでさえ一触即発の空気だったのに、種目まで同じだったとは……。


「あーもう、なんであたしがあんたなんかに負けないといけないのよ!」


「それは、あなたの実力の問題でしょう。ほとんど空振りなさっていたし……」


「あ、あれは……腕が勝手に先走っただけよ!」


「あらあら、それじゃ全く言い訳になっていませんわ……ふふっ」


余裕の笑みを浮かべる姫乃に、志歩は悔しそうに唇を噛み締めている。また人だかりができているし、止めに入った方がいいのかもしれない。私が二人に近づこうとすると、ちーちゃんはそれを手で制し言った。


「七瀬ちゃん。私は早貴ちゃん呼んでくるから、七瀬ちゃんはなっちゃん呼んできて」


「でも……」


「ひめちゃんも志歩ちゃんも、二人が来てくれた方が落ち着くと思うの」


確かに……姫乃はともかく、志歩を止められるのは早貴しかいないのかもしれない。私は頷くと、那月を呼びにグラウンドへ向かう。丁度那月も約束の場所へ移動していたところだったようで、すぐに会うことができた。私が姫乃と志歩のことを話すと、


「あの二人、またかー」


那月はまるで他人事のようにぼんやりと言った。すぐに向かおうとせずゆったり歩いたままの那月に、私は急かすように尋ねる。


「早く行かなくていいの?」


「私だけが行っても収まんないだろうなーって。むしろ、志歩に火つけるだけになりそう」


「それは確かに、そうかもだけど……」


姫乃のこと、どうでもいいのか……なんておせっかいなことを聞こうとしていた私に、那月はぽつりと呟く。


「それに、ああいう姫乃珍しいからさ……。なんとなく、楽しそうにも見えるし。疲れはあるみたいだけど」


確かに、あんなに好戦的な姫乃は志歩と対峙している時以外は見たことがない。


「もしかして……ちょっとだけやきもち妬いてたり?」


「ち、違うから……!それは断じて違う!」


からかい半分で尋ねる私に、那月は顔を真っ赤にさせて必死に否定した。普段はクールなのに、分かりやすい反応だ。


「姫乃に関することになると、本当すぐに取り乱すよね……違うっていう反応じゃないよ、それは」


私がやれやれ……といった調子で言えば、那月は仕返しのようにちーちゃんの名前を出す。


「そっちこそ、いっつも千尋のこと見てるじゃん。千尋のことしか見えてないんじゃないかってぐらい」


「そ、そうかな……?」


そんなに私、ちーちゃんのことを見ていたんだろうか。幸せにしたいと思っているから、それなりにはちーちゃんのことを見ていただろうけど……改めて客観的立場から指摘されると、首を傾げてしまう。


「すげー千尋のこと好きなんだろうなーと思って見てた」


その言葉を聞いて、なぜか身体が熱くなる。自分でも分かるぐらいに動揺してしまった。


「そ、そそそそんなわけないよ」


「ふっ……動揺しすぎ」


私の反応に、那月がふきだす。なんとか誤魔化そうと口を開こうとしたところで、志歩の甲高い声が聞こえてきた。


「雨音様!私のために来てくださったんですね!」


どうやら、丁度ちーちゃんも早貴を連れてきたところだったようだ。


「昼食、一緒に食べましょう?雨音様のためにとっておきのお弁当作ってきたんです!」


余程早貴にお弁当を食べてもらいたいのか、今度は志歩の方が早貴のことをぐいぐいと引っ張っていく。


「お、おい、そんなに引っ張るな」


早貴は、そう言いながらも嫌そうな素振りを見せずそのまま行ってしまった。まるで嵐が去った後のようにその場が静かになる。


「とりあえず、みんなお昼食べよう!」


努めて明るい声を出すちーちゃんに、頷く私とぐったりした様子の姫乃、苦笑する那月は、揃って校庭の見晴らしのいい場所でお昼ご飯を食べたのだった。

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