保健室の二人②

しばらくすると、ドアが勢いよく開いた。美波さんは「ごめんなさい、待たせてしまって」と、焦った様子で中に入ろうとする。


「あっ」


その数秒後、盛大な音がして、美波さんはこけていた。


「結佳ちゃん、大丈夫!?」


ちーちゃんが慌てて駆け寄るのに、私もついていく。


「あちゃー、またやっちゃった」


美波さんは苦笑しながらぽりぽりと頰をかく。そんな彼女に、海谷先生は呆れたように言った。


「全く……これで何回目かしら。いつも気をつけてって言ってるでしょう?」


「ごめんなさい……」


転んだときは平気そうだったのに、先生から注意されると、まるで捨てられた子犬のようにしゅんとしている。


「どうせまた擦りむいているんでしょう?手当てしてあげるから早くこっちに来なさい」


「うっ……消毒痛いからやだ」


顔をしかめる美波さんに、先生は有無を言わさず手当てし始める。先生の口ぶりから察するに、このやり取りは幾度となく繰り返されているのだろう。私とちーちゃんが大人しく座って待っていると、美波さんはなにもなかったような素振りで駆け寄ってくる。


「待たせてごめんね〜。生徒会の仕事山積みで、なかなか抜けられなくてさー。では改めて。私はこの学校の生徒会長、美波結佳です。さっきはぶつかっちゃってごめんなさい」


そう言って、深々と頭を下げた。ぶつかった時と同じようにポニーテールが床についてしまっている。


「そ、そんな……わざわざ謝らなくても、あの時ので十分だったんですよ。肩が当たっただけだし」


早く頭をあげて欲しくて、慌てて言う。肩が当たっただけで大袈裟すぎではないか。逆に申し訳なくなってしまう。


「ううん。生徒会長として、廊下で急いで走っていたせいでぶつかって、相手に少しでも痛い思いをさせてしまったなんてあってはならないこと……だから、誠心誠意謝らせていただきます」


きっぱりと言い切る瞳に、なにも言い返すことができない。


「梅原さん。これが、あなたが通うことになった桜ヶ丘の生徒会長よ。真面目で誠実で、とっても良い子でしょう?」


ぱちっとウインクする海谷先生に、その言葉が嬉しかったのか美波さんは照れたように笑みを浮かべる。しかし、一瞬にして海谷先生はさっきまでの呆れた表情に戻った。


「生徒会長やってる時はこんなに格好いいのに、普段はドジっ子で、怪我が絶えないのは心配だわ」


「海谷先生、転校生に余計なこと吹き込まないでください!」


「あと、私の前でだけグズったり駄々こねたりするのも可愛いわよ」


「もう、先生……一回黙ってください!」


海谷先生に近づいて抗議しようとした美波さんは、またもや転ぶ。海谷先生に向かって倒れ込んだ美波さんを、海谷先生はしっかり抱え込んだ。


「ふ、ふえ〜」


脱力してそのまま身を任せる結佳に、まるで小動物にするように「いい子いい子」と優しく言いながら撫でる海谷先生。入ってはいけない雰囲気に、私とちーちゃんは呼吸をすることさえ細心の注意を払って気配を消していた。取り敢えず、私が選択肢を失敗してノーマルエンドを迎えたのは影響していないようで安心した。


「ああ……私ったら保健室だとどうしても気が抜けちゃって……。二人共、今日見たことは忘れてくれたら嬉しいな」


我に返ったように居住まいを正し、ぎこちない笑みを浮かべる美波さん。私とちーちゃんは「無理だよ」と表情で応える。それを見た美波さんはガックリと肩を落とし、後ろの海谷先生はくすくすと笑っていた。

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