保健室の二人①

 明日は球技大会。私がこの世界に来て一番最初の学校行事だった。私はドッジボールをすることになった。持ち前の運動神経の無さは体育で露呈していて、足を引っ張ってしまうことを危惧していた私に残されていた選択肢だった。逃げるだけで良いとも言われている。とはいえ、やっぱり多少の怖さはあった。小学生の頃逃げ遅れてボールを当てられまくった記憶が蘇る。


 「明日は球技大会」と、明るい色で黒板に書かれた文字を見ながらため息をついていると、後ろからちーちゃんの柔らかい声がする。


「七瀬ちゃん、大丈夫だよ。私と一緒にボール避け名人目指そう!それに、みんな女の子だから手加減してくれるよ」


そっか、ここは女子校。女の子しかいないんだった。もう一ヶ月弱は経っているのに、まだ慣れない。


「うん、ありがとう。一緒に避けよう」


 こんな時、運動神経さえよければ「私がちーちゃんを守る」なんて格好良いことを言えただろうに。ゲームの中でも現実は厳しい。いざとなったら盾にでもなろう。そんな反射神経が働くのか疑問だけれども……。


黒板の片付けも終わって、ちーちゃんと並んで廊下を歩いていると、後ろから走ってきた人物と肩がぶつかる。痛みもなく、そんなに衝撃もなかったけれど驚いて立ち止まる。走ってきた女子生徒は慌てて後ろをくるっと振り向くと、床につきそうな程に頭を下げた。後ろに束ねられた長いポニーテールは、ほぼ床に触れてしまっている。


「ごめんなさい!私、今生徒会の仕事が忙しくて……後でまたちゃんと謝りに行くね」


 そう言うと、慌ただしく駆けていってしまった。さっきの子、見覚えがある。確か、ゲームの主要キャラの中にいたはず。名前は――


「さっきの、生徒会長の美波結佳みなみゆかちゃんだね」


 そう、美波結佳。ゲームの中では保健室の海谷かいたに先生と恋仲になる。この二人のエピソードは確か……私が上手く選択肢を選べず、両片思いのまま終わりを迎えてしまった。この世界では上手くいっていれば良いのだけれど……。


「生徒会の仕事って……球技大会関連かな?」


「多分そうかも。あっ、保健室で待っていれば良いと思う」


途中で携帯が震えて、画面を確認するとちーちゃんは言った。


「保健室?」


海谷先生の顔がぱっと浮かぶ。そういえば、まだ保健室に行ったことはなかった。


「うん。結佳ちゃん、隣に私がいたの気づいていたみたいで。さっきの子に謝りたいから保健室で待ってて〜って」


保健室で会うということは、今この世界線で美波さんと海谷先生がどんな関係なのか確認できるかも……?いや、誰かがいる前では見せないだろうか。

そんなことを考えながらちーちゃんと共に一階に位置する保健室へ向かう。海谷先生は美波さんの名前を出し事情を説明すると、保健室で待っていることに快諾してくれた。

丈の短いミニスカートを履き、白衣に身を包んだ海谷先生は、書類に目を通しているだけで色っぽい。私とちーちゃんは半ば見とれるようにその姿を見ながら、静かに生徒会長を待った。

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