二人の約束②

あっという間に放課後になり、ちーちゃんと共にグラウンドへ行く。姫乃は既にいて、那月と何やら話していた。


「絶対勝ってね」


「練習試合だよ?大袈裟」


「だって、約束があるじゃない」


「あー……。分かったよ、それじゃ行ってくる」


「もう、そっちから言ってきたのに……」


姫乃にしては珍しく、頬を膨らませて子供っぽくむくれている。それでも私達が来たことに気づくと、いつも通りの表情に戻った。


「あら、二人共。もうすぐ始まるわよ」


「ひめちゃん、何か約束しているの?」


「二人には内緒よ」


そう言って唇に人差し指をあてる姫乃は、さっきまでの那月といた時とは全く違って見えた。人って、恋をしているとあんなに変わるものなんだろうか。

周りを見回すと、いつの間にか私達と同じように練習試合を見学しに来た子達でひしめいていた。女の子達の目当ては、現副部長である那月や部員、相手校のファンまでいるようだ。さっきまで平静だった姫乃も、那月の名前を呼ぶ子達の方をちらっと見ている。


「やっぱり、那月は人気ね。格好良いから仕方ないわ」


「ひめちゃん、気にしなくても大丈夫だよ~。ひめちゃん達が付き合っているの、この学校では有名だし」


「え、そうだったの……!?」


思わず大きな声を出してしまう。私が読んでいたところまででは、少なくともそんな描写はなかった。いや、書いてなかっただけかもしれないけど……。この世界線はきっと、私がプレイしていたストーリーより先を進んでいるのかもしれない。


 試合が始まると、真剣な瞳で成り行きと那月を見つめる姫乃。ちーちゃんは楽しそうに他の子達に混じって声援を送っている。私も網越しにソフトボールの試合を眺める。勉強とゲームで家に籠ることが多かったから、試合と試合を見て盛り上がる子達を俯瞰で見て新鮮な気持ちが湧いた。


 那月は、さっきの姫乃への言葉が嘘のように真剣だった。何の約束か知らないけど、それをふまえての反応だったのかもしれない。終盤にさしかかる頃になると、選手達はみんなここからでも分かるぐらい大粒の汗をかいていた。そして、心地の良い音が那月の持つバットから発せられると、その場にいたみんなから歓声が上がる。


 ルールの分からない私でも分かる。さっきので桜ヶ丘の勝利が確定したのだと。那月が一周してホームベースに戻ってくると、他の面々が駆け寄って喜び合う。私にとっては、テレビドラマぐらいでしか見たことのなかったその光景。気づけば、周りの音が聞こえなくなるぐらい、食い入るように見つめてしまっていた。


「七瀬ちゃん、おーい」


ぼーっとしていると、ちーちゃんの小さな手が目の前で上下する。


「あっ、あれ……?」


いつのまにか、ソフトボール部の子達はグラウンドを片付けているし、あんなにいたはずの女の子達もまばらになっている。


「七瀬ちゃん大丈夫?ずっとぼーっとしてたよ」


おかしいな……みんなが喜んでいるところまでは意識があったのに。


「大丈夫だよ、なんか多分、寝不足だったのかも」


実際はちゃんと眠れているけど、自分でもよく分からない現象を説明することに気が引けた。睡眠なら心配させてしまっても、すぐに解決することだし。


「勉強も大事だけど、ちゃんと寝てね?」


心配そうに私を見るちーちゃんに頷くと、姫乃が駆け寄ってきた。


「二人とも、先に帰っていていいわよ。私と那月、少し用事があって」


「うん、分かった〜」


ちーちゃんが返事をするなり、姫乃はまた走って行ってしまう。いつもと違う様子に、私とちーちゃんは顔を見合わせる。そのまま二人で頷くと、こっそりと姫乃の後を追った。


那月と人気のない校舎裏でおちあうとすぐに、姫乃は上目遣いで言った。


「約束、いつでもOKよ」


「なんか……そう言われると緊張する」


「そんなに照れなくてもいいじゃない。もう何回もしてるのに」


姫乃が頰を膨らませると、那月はその瞬間壁に手をついて姫乃にキスする。私は声をあげそうになるのをぐっとこらえた。ちーちゃんはと横をちらっと見ると、両手で顔を覆って真っ赤になっている。今にも蒸気が出てきそうなほど赤くて、私は慌ててちーちゃんの手を取ると物陰から離れた。


「も、もう……二人共、あんなところであんなこと……」


しばらく歩いて落ち着いたかと思ったら、思い出したのかまた頰を赤くするちーちゃん。そのウブな様子がまた可愛らしい。


「心配して様子見る必要なかったね」


私は苦笑しながら、今日一日の姫乃と那月の様子を思い返していた。なにやら様子がいつもと違い、なんとなくちーちゃんも私も気にしていた。それが実は、あんな約束のせいだったとは。那月が姫乃にそっけない態度になっていたのは、照れくさかったからなのかもしれない。


ふと、隣のちーちゃんを見る。まだそわそわしている様子で、そんな彼女の唇を無意識に見てしまっている自分に驚き、慌てて前を向き直す。だから、私じゃないんだって……。ため息をつくと、夕日が作る影をただただ見つめた。

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