あの子の周りには

初めての寄り道

私達が手を繋いでいるのを見た姫乃は、ふふっと楽しそうに笑う。


「あらあら。まだ出会ったばかりなのに、すっかり仲良しね」


「まあ……同じところに住んで同じクラスなんて、ずっと一緒みたいなもんだよなー」


那月が興味なさげに言うと、姫乃は今度は悪戯っぽく笑って、


「ふふっ……私達も、こんな風にしちゃいましょうか?」


那月の腕に自分の腕を絡ませた。


「なっ……」


頬を赤らめる那月に、姫乃はこちらには聞こえない声で何かしらを耳元に囁く。それを聞いた那月は、更に頬を赤くした。一体何を見せられているの……。


ふと、隣のちーちゃんを見れば、寂しげに微笑んでいた。実際ちーちゃんがどう思っているのか私には分からないけど、少なくともそう見えた。


「そ、そろそろ行こう?」


イチャイチャを続ける姫乃達に声をかけると、那月がはっとしたように言う。


「そうだな」


歩き出す那月に、姫乃は腕を絡ませたまま着いていく。私は微かにちーちゃんの手を握る力を強くした。すると、ちーちゃんからも同じぐらいの強さで握り返される。それから、何も言わないままどちらからともなく歩き出した。




「今日は、どこか寄り道しちゃいましょう。今日で那月の部活休みも終わってしまうことだし」


姫乃の提案に、ちーちゃんと那月も同意する。


「いいね~。新しくできたクレープ屋さんとかどうかな?」


「ま、いいんじゃない」


そうか。那月はソフトボール部で、放課後はいつも忙しいはずだった。ゲームでも、姫乃が那月のことを待っていたり、ちーちゃんと二人で帰っていたり、そんな描写が多かった。今まで気づかなかったけど、部活休みだからこうして放課後みんなで帰ることが出来ていたのか。


「七瀬ちゃん、クレープ好き?」


「うん!」


「良かった~。えへへ、みんなでクレープ食べるの楽しみだなぁ」


そういって、顔をほころばせるちーちゃんに思わずきゅんとする。ポジティブな感情を素直に出すことが出来る、それもちーちゃんの魅力なのだ。それにもれなくついてくる、天使のような笑顔。見ているこっちまで幸せな気持ちになる。


そして、まだ手は繋がれたままだ。自然とドキドキしてきてしまう気持ちを抑えるように、私は首を振った。私の目的は、ちーちゃんを幸せにすること。私が幸せになってどうする。



私と那月が苺チョコ、ちーちゃんと姫乃がバナナチョコをそれぞれ頼んだ。私達と同じように学校帰りの制服を着た子達や親子連れが何組かいて、比較的賑わっているようだった。

店員さんから出来上がったクレープを受け取ると、四人でテラス席に座って食べ始める。

私が苺とチョコのバランスの良い甘酸っぱさに舌鼓を打っていると、姫乃が身体ごと那月の方を向いた。


「那月、一口頂戴」


甘い声で頼む姫乃に、那月はそれに気づいているのかいないのか分からないクールな調子で自分のクレープを差し出す。


「いいけど」


姫乃の形の良い唇が那月の残していた苺をぱくっと頬張る。


「ついでに、これも」


そう言ったかと思うと、姫乃は素早く那月の口元についていたホイップクリームを人差し指ですくって、艶やかに舐めとった。


「なっ、なにしてんのさ」


真っ赤になる那月に、姫乃は悪戯っぽく笑う。


「そんなところについてたから、つい……ね。ダメだった?」


上目遣いで見つめる姫乃に、那月はたじたじだ。姫乃は、普段はお嬢様っぽく落ち着いているのに、那月の前だとこんな風に小悪魔っぽくなる。それはきっと、本当に那月に恋をしているからなんだろうなと、ノベルゲームを読んでいた時から思っていた。それにしても、実際目の当たりにすると、見ているこっちが恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。

でも……姫乃は確か、ちーちゃんがいる時は仲間外れのようになってしまうから、そういう行動はセーブしている。そんなモノローグがあったはずなのに。


そんなことを考えていたら、姫乃と視線がかちあった。そのまま、何か言いたげにじっと私を見てくる。な、なんだろう……。その視線の意味を何も読み取ることが出来ずに固まっていると、横からちーちゃんの明るい声がした。


「二人、本当に仲良しだね~。七瀬ちゃん、私達も食べあいっこしよ?」


天使のような笑顔を向けられ、私は即答する。


「うん!ちーちゃんの好きなだけ食べていいよ」


「あはは、私そんなに食いしん坊じゃないよ~」


にこにこしながら差し出されるバナナチョコクレープ。どぎまぎしながら、端っこを控えめに頬張る。


「うん、おいしい!」


ちーちゃんに食べさせてもらったから余計に。心の中で付け足すと、自分のクレープをおずおずとちーちゃんの食べやすい位置にもっていく。


「はい、どうぞ……」


 何故か緊張している私に対して、ちーちゃんは気にする様子もなく「いただきまーす」と私の苺チョコクレープに口をつけた。その小さい一口が、ハムスターっぽくて可愛い。なによりも、私が持っているクレープをちーちゃんが食べている……その状況が、私を得体の知れないドキドキ感で満たしていた。



 それぞれ自分の頼んだクレープもなくなり少しの間談笑した後、帰路につく。お店から出るとき、那月の隣にいた姫乃は私に近づいてくると、


「あそこはあなたから言うところよ、七瀬さん。せっかく私が合図を送ってあげたのに」


 小声で私だけに聞こえるように言う。私が目をぱちくりさせていると、姫乃はそのまま那月の隣へ戻っていった。合図って……あの視線のことだろうか。姫乃は私からちーちゃんに声をかけてほしかったって事?何故……?私の頭の中ははてなマークでいっぱいになった。

 ぐるぐると考えを巡らせていると、私の服の袖をちーちゃんが軽く二、三回引っ張る。ちーちゃんの方を見ると、ちーちゃんは笑顔で言った。


「七瀬ちゃん、楽しかった?」


「うん!とっても」


「良かったぁ」


私が大きくうなずくと、花が咲いたように微笑む。私が楽しめたのは、何よりもちーちゃんのおかげだ。

そういえば、こうして学校帰りに寄り道するなんて初めてだったな。中学では禁止されていたし、高校では一人でどこかに寄っていこうと考えることもなかった。いつまでここにいられるのか分からないけど、どうせならこの世界をとことん楽しみながら、ちーちゃんを幸せのルートへ導こう。私が楽しんでいたら、きっとちーちゃんも喜んでくれる。そういう人だから、相川千尋は。

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