五月の転校生①
当たり前のようにちーちゃん達と一緒に通学路を歩いて、桜ヶ丘女学園の校門をくぐる。昨日は余裕がなくて見られなかったけれど、豪奢で立派な校舎に圧倒される。ゲームのタイトル画面では、この校舎の周りに桜が満開な様子が印象的だった。今は五月らしく、その景色を見られなかったことが少し残念だ。
「七瀬ちゃんは、まず職員室だよね?教室で会えるの楽しみにしてるね」
ちーちゃんに言われて、はっとする。そうだ、昨日適当に誤魔化してしまって、自分でもそう思い込んでいたけど……私、本当は転校生じゃない。つまり、職員室に行っても誰だお前状態になるだけなのでは。
早速ちーちゃんを幸せにするべく考えを巡らせていたのに、こんな関門があったとは……。
「う、うん。私も楽しみにしてるね」
冷や汗をかきながら頷く。笑顔で手を振るちーちゃん、姫乃、那月に見送られて、のろのろと職員室へ向かった。普通の職員室でも緊張するのに、ゲームの中の職員室。しかも、どうなるか分からない状況に心臓が早鐘を打つ。
唯一現実世界の頃から身につけている黒縁眼鏡を触ると、深呼吸した。どうにかなるよね、ここはゲームの世界なんだし。自分に言い聞かせると、思い切って引き戸を開ける。
扉に一番近い机の先生がこちらを向く。若い女性の先生だった。
「あら、もしかして……転校生の梅原七瀬さん?」
ん?あれ……もしかして言ったことが現実になってる?いや、ここは現実ではないけれども。私がきょとんとしていると、女性の先生は続ける。
「私があなたのクラスの担任になる
「よ、よろしくお願いします……」
予想外の展開についていけないまま会釈をすると、あっという間に事が進んでいった。
教室の前に立ち、飯谷先生に促され自己紹介をすると、これまた出来すぎた展開のように席がちーちゃんの後ろになる。
「改めて、よろしくね」
「うん、よろしくね」
微笑むちーちゃんに、曖昧な笑みを返す。都合のいい展開が続きすぎていて、逆に怖い。私は本当に元の世界へ戻れるのだろうか。
とはいえ、戻れた時のためにもちーちゃんが幸せになるような足がかりを作っておかなければいけない。どちらかと言えば、戻ることのできない不安よりも、こっちのほうが私の頭の中を占めていた。
私は改めて教室内を見渡してみた。ゲームをやっていた時は焦点が当たっていなかったけど、ちーちゃんにはちーちゃんのクラスでの授業があって、クラスメイトもいる。あくまでも姫乃の幼馴染、他のペアのルートでは友達という枠で登場していたから、ちーちゃん自身の学校生活を見るのはこれが初めてとなる。
そして今私はそのクラスメイトの一人であり、ちーちゃんの家に居候している。ちーちゃんを幸せにするのに丁度いいポジションではないか。
休み時間になったら、ちーちゃんが誰と仲がいいのか観察してみよう。友達の関係のままが良かったり、相性だったり、考えなきゃいけないことは色々ある。あくまでもちーちゃんに恋人を作ることじゃなくて、幸せになってもらうことが目標。それは絶対に忘れちゃいけない。
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