桜ヶ丘女学園へようこそ①

 尻餅をついた衝撃で目を開けると、そこは教室の隅っこだった。自分が通っている教室ではないことだけは分かる。でも、見覚えがあるような……。


「あなた、誰……?」


 声のした方を見上げると、信じられないことに、ちーちゃんがいた。くりっとした丸い瞳にふわふわとした柔らかそうな髪、小動物を思わせる愛らしいルックス。やっぱり、あのちーちゃんだ。


「ち、ちーちゃん!?」


 私が尻餅をついた姿勢のまま更に腰を抜かしていると、ちーちゃんは首をかしげて不思議そうな顔をする。


「私のことを知っているの?」


「あ、あれ、これ夢かな……」


 小声で呟いて頬をつねっていると、遠くからちーちゃんを呼ぶ声がする。


「千尋、行くよー」


 声の方を見ると、肩に鞄を乗せた那月と両手で上品に鞄を持つ姫乃が立っていた。ちーちゃんだけではなく、那月も姫乃も存在している。ちなみにつねった頰は痛かった。これはもしかして、私は「桜ヶ丘女学園」の世界の中に入っちゃったってこと……?


「ひめちゃん、なっちゃん、教室に知らない子がいるの」


ちーちゃんが言うと、姫乃も那月もこちらに歩いてきて、その目で私をとらえる。自分がプレイしていたゲームのキャラクター三人に同時に見つめられて、私はぽかんと口を開けた。だってこんな状況、にわかに信じがたい。


「うちの制服着てるけど、見たことないな」


那月が腕を組んで言うと、姫乃が凛とした声で私に尋ねる。


「あなた、お名前は?」


「えと……梅原七瀬です」


私はまだふわふわした頭で答えた。


「七瀬さん、あなたは何故ここにいらっしゃるの?この学園の生徒では……ありませんよね?」


名前は何とか答えられたけど、何故ここにいるかなんて私自身にも分からない。というより、何で私は桜ヶ丘の制服を着ているんだろう。那月に言われるまで気づかなかった。それに、外したはずの黒縁眼鏡もしっかりかけている。どういうことなんだ、これは……。


私が混乱していると、ちーちゃんがぽつりと言った。


「転校生、なのかな?」


「そ、そうなんです。きょ、今日は見学しに来ました。明日からこのクラスなんです」


咄嗟にちーちゃんの言ったことにのっかると、すらすらと嘘がでてくる。苦し紛れの言い訳に過ぎないけど、信じてもらえるだろうか……。ちらっと三人の顔色を窺う。


「そうだったのですね……。ようこそ、桜ヶ丘女学園へ。明日からよろしくお願いしますね」


態度を軟化させてにこりと微笑む姫乃。那月はあくびをしながら「よろしくなー」と言う。それに続けて、ちーちゃんも私をまっすぐ見つめて笑顔で言った。


「よろしくね」


その瞬間、窓から差す日の光が、まるで私を歓迎するかのように強くなる。これまでの人生、入学式前日でいつもそうだったように、私の胸は期待と不安でいっぱいになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る