年老いた古物商が、木箱から、慎重に壺を取り出し、客である女の前へ置いた。

 ひどく黄味がかった白磁の壺で、大きさは人の頭ほどあった。


 壺には、花が咲き乱れている樹の下で、桃をかじっている女の姿が描かれていた。

 内側をのぞいてみると、どす黒い血の色に染められていた。



「じろじろと見ない方がいい。慣れていないと憑りつかれて、人に贈る気がなくなりますよ」

 古物商が、タバコに火をつけながら注意すると、女は品よくうなずき、壺から視線をそらした。


「本当に……、おうわさどおりの壺なのでしょうか?」

「あなたに壺の話をされた方は、うそをつかれる人ではないしょう?」

 古物商が名刺を見ながら答えると、女は黙って首を縦に振った。


 タバコを吸い終わると、古物商は壺を木箱に戻し、蓋をしてから、青いひもできつく締めた。

 それから二人の間に横たわっている長机の隅に、木箱を移動させた。


 目の前が空いたので、女は机の上にアタッシェケースを置き、中身の札束を古物商に見せた。

 その札束を、古物商は無表情で数えはじめた。


「そろそろ暑くなりますな。涼しいところにでも、旅行に行かれたらどうですか?」

「ええ、しばらく、海外で過ごす予定です」

「それは……、結構なことですな」


 代金の確認を終えると、古物商は札束のひとつを女の前に置いた。

 意図が読めないでいる女に、古物商は言った。

 「餞別ですよ」と。



 宅配便の送り主を見て、男はいぶかしがった。

 長い間別居している、離婚調停中の妻が、いったい何を送ってきたのだろうか?

 男が、木箱の中身を確認してみると、古い壺が入っていた。


 どう扱ったものかと、男が壺をながめていたところ、どす黒い色をした壺の底に、紙が入っていた。


 それは、男が長い間求めていたもの、妻の署名の入った離婚届であった。



 男は歓喜の声をあげ、別室にいた、若い女を呼んだ。

 女に離婚届を見せると、彼女は紙を片手に、男へ抱きついた。

 一通り、喜びを分かち合ったあと、女が壺の存在に気づいた。


「ねえ、あの黄ばんだ白い壺は何?」

「さあな。あの女が離婚届と一緒に送って来たんだよ。まあいいさ、家に置いておこう。最初は不気味な感じがしたが、見慣れてくると、なかなか良い壺に思えてきた」

「そうね。確かに不思議な魅力があるわ。寝室へ置きましょうよ」

 二人は満面の笑みを浮かべたのち、長い口づけを交わした。



「今朝のニュースを見ましたか。タワーマンションの寝室で、男女が惨殺されたそうですよ。死体の肉はほとんど残っておらず、骨ばかりなんて、どういうことなんでしょうね。トラかライオンに食われたんですかね。都内のタワマンの一室で……」

 常連客の問いかけに、古物商は首を横に振るだけで、何も答えなかった。

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