闘う男たち


フラガでは、年に一度のアルタラの大会が近づき、男たちへの声援の掛け声が一段と高くなっていた。五人の正選手と予備の二人が決まり、大将のカンヂは作戦を練るのに集中している。各選手の得意な技をどう生かすか、頭を絞るのを見ている久六の胸も熱くなる。久六の実力は選ばれて当然だが、客人扱いなのはやむを得ない。それでも仲間同様に参加している、というのが彼には嬉しいのである。

競技は六つの村の間で争われるが、初日は前回の成績が下位の四村による二試合が行われ、その勝者二チームが、前回の一位、二位と翌日に準決勝を闘い、そのまた翌日が決勝戦という段取りだった。

前回の大会はサロファ村であり、前々回の二位から、カンヂとしては三回目の一位を獲得していた。そのため今年はニア村で行われるのだ。

アルタラの勝利は、村の名誉の他に特典などはなく、一位になると、翌年は各村の代表団や観衆を接待するため、食料などを大消費しなければならない。だがフラガの人々に、そんなことを気にする考えはないらしい。

彼らが欲しいのは、一位の黒いドクロで、それを一年間保管する名誉だ。ドクロは平安を約束する象徴として、一位が黒、二位が赤、三位が黄色に着色されており、それ以下のチームには白色のものが、毎年のアルタラによって割り当てられる。言うまでもなく、それらは民族の伝統を伝える遺産なのだ。

 そういう説明は、ババやカンヂから聞いていたが、それが首狩りの代わりに行われているとは、久六も太市も知らされていない。もし分かっていたら、

「本当はよう、メチャンコおそぎゃー連中だがね」と太市は言ったかもしれない。

 

ニア村の大将は勿論カンヂで、コモという若者がその後を継ぐような存在だった。久六はコモに、相撲の「とったり」を教えようと思いついてカンヂに提案した。

「突いてくる相手の腕を取るのは簡単だろう?投げたらすぐ腹にこう突きを入れる」と手真似を入れてやって見せると、二人は興味を示して、

「よしやってみせてくれ、面白そうだ」とカンヂが言った。

 久六がコモの突いてくる腕を取り、腰を開いて捻りながら投げると歓声が上がった。すかさず鳩尾に拳を当てると、タイミングが良かったのか、コモは息が詰まってしばらく動けなかった。

「おおっ、これはいいぞクロ」

 カンヂが嬉しそうなので、久六は幸せな気分になる。早速コモが技の習得に掛かると、あちこちで同じような動きが始まり、それがやがて柔道の乱取りのようになった。

「お前らは何と勘の良い奴ばかりだろう」と久六はカンヂに言ったが分かったろうか。

「面白い技だ、クロ、俺気に入ったぞ」

 カンヂは稽古をしばらく眺めていたが、自分でも試したくなったのだろう、コモと組み合うために立ち上がった。二人は交互に技を掛け合っていたが、そのうちに投げられても回転で逃げ、腹を突かれる態勢にはならないのだ。それを見ては、久六もその運動能力に呆れるほかはなかった。

前夜祭まで三日となった日、各村の選手名が伝えられた。その中で注目を浴びたのは、一番の強敵であるサロファ村の選手団だった。大将のコジはカンヂの長年のライバルで、実力も拮抗しており、今年も調子が良いという噂である。だが一番の話題は、タタという選手に関してで、彼はかつてニア村民であったが、トラブルで追放されたという。おまけに太市と暮らすサラの元恋人ときては、村民の口に上って当然だった。

久六がそれを太市に話すと、知っているという。弟のロタが言うには、タタがある娘へ夜這いに行って見つかり、娘の父親がどうしても彼を許さないので、やむなく村を出たが、サラも追放に同意したということだった。

「そいつはサロファ村に嫁もおるげな。まあ昔のことだで、心配しんでええだら?」

 太市はそれほど気にしていないようだったが、噂されるのをサラが嫌がっていると漏らした。

その翌日のことだ。朝の稽古の時にアクシデントでコモが腕を痛め、本番の出場が危ぶまれる事態となった。それも久六が伝授した「とったり」の稽古中だった。相手のマラマが投げようと腕を捻ったとき、コモの肘が体重をもろに受けてしまったのである。

起き上がれないコモは、すぐに小屋の中へ運ばれ、老人たちの治療が始まった。

「コモは外さないとだめだな。シジお前を代わりにする」

 コモの容態を見ていたカンヂは、戻ってくると皆の前でそう宣言した。

「とったり」は腕を抱える位置で関節技になること、対策として「逆とったり」があること、久六はそれらを教えなかったのを後悔した。それで何か言いたいと思ったが、カンヂを囲んだ人の輪は解けそうもなかった。

やがてコモが右手を緑の葉で包まれた格好で現れると、皆の注目はすぐそちらへ移った。コモの目には涙が光っている。カンヂが何か言ったが久六には聞こえなかった。

久六は稽古が終わると、カンヂとコモに詫びの気持ちを伝えた。カンヂは分かったと久六の背中を叩いて言ったが、コモは頷いただけで何も言わず、しょげるばかりだった。

久六の気分は重かった。男たちの晴れ舞台を前にして、自分が水を差したのが情けなかった。アルタラが突きや蹴りとともに、関節技を主としたものなのは、コモはもちろん誰もが承知のはずで、単なる不注意の事故だったのだ。そう考えても、久六の胸は晴れなかった。

例年、大会は満月の日が最終日で、始まりは三日前の前夜祭だった。三々五々全フラガから人々が集まってきて、明るいうちから広場を埋めて交歓の渦を作る。広場の周囲は花々とヤシで編んだ飾り物で埋め、屋根だけの宿泊施設が数多用意される。

その前夜祭の日はよく晴れ、群衆の渦も大きく膨らんできていた。午後も遅くなるに連れ、子供たちの踊りの数も増え、太鼓や笛や木琴の音が気分を盛り上げる。日没前から出かかっていた月が、東の空にすっきりと姿を見せると、ヤシの松明に火がつけられ、ヤシ酒を振舞われた人たちが、次第に踊りの中へ誘い出される。大人も子供も男も女も、競うように体を揺すり続けて飽かない。久六も太市も見とれるだけだったが、そのうち太市はサラと弟のロタに渦の中へ引っ張られていった。誘いのかからない久六は、ヤシ酒を飲んでいるだけだ。月も霞むような土埃の中で、踊りは飽くことなく夜中過ぎまで続けられた。

翌日も好天で、パラン村対セマ村、バラ村対コヤ村の二試合が予定されていた。その勝者が次の日、シードのニア及びサロファとそれぞれ対戦するのである。この日に試合のない二チームのメンバーは、祭り気分でうろつき回っているが、大将のカンヂと宿敵サロファのコジなどは、翌日の相手を研究するのを忘れていなかった。

太市とサラとロタは、朝飯を済ませるとアルタラ見物に出かけるため外へ出た。そこへ三人の若い男が近づいてきた。

「久しぶりだなサラ、元気そうじゃないか」 そう言ったのは、モシャモシャ髪のすばしっこそうな若者だった。太市はサラの反応を見るまでもなく、こいつが夜這い男のタタだと思った。

「お前さんがタタか、俺はタイチというんだがよろしく頼むよ」

 サラは無言で睨むようにしていたが、屈託のない太市はタタの前に進み出た。

「あんたがサラの。そうですか、それじゃあどうぞよろしく」

 タタは笑いながら、持っていた竹筒のようなものを振り、水と一緒に何か細長いものを太市に投げつけた。それが胸のあたりに当たって落ちて、それから足に噛みついたのを見るとウミヘビらしい。足首あたりに激痛が走って太市はうめいた。ウツボとは違うようだと思ったが、息の詰まるような痛さだった。

「何をするのさ、このろくでなし」

 サラが怒鳴ったのを見て、三人は笑っている。

「あいさつ、あいさつ。じゃあまたな」

 そう言って去る後ろ姿に、ロタは悔しがったが何もできなかった。


パランとセマの対戦は、パランの先鋒が二勝、二番手も二勝した。その後、セマの大将が三勝して大将戦に持ち込んだが、さすがに疲労困憊は隠せなかった。そこで彼は体力不足から寝技を仕掛けたが、パランの大将の足が首に巻きつくと、もう振りほどく力がなかった。

久六は自分がカンヂに失神させられたのを思い出し、セマの大将のギブアップは仕方ないと納得した。

カンヂはニアの相手がパランに決まっても平然たるもので、すでに胸算用は立っているらしい。

久六は昼の休憩に帰って、太市がウミヘビに噛まれたことを知った。行ってみるとうんうん言いながら寝ている。テを飲ませたら少し大人しくなった、とサラが教えてくれた。三日くらいは痛みが続くが、命に関わることはないらしい。久六はタタの悪ふざけに腹が立ったが、これで二人が公認されただろうから、太市の痛みも無駄でないと思った。

「あいつはよう、お前さんらを夫婦と認めたいうことだに。ほんだで、しばらくは痛かろうが我慢せんとかんわ」

 そう言って久六は帰った。

二試合目は、日が傾いたとはいえかなりの暑さの中で始まった。久六はカンヂの横に座った。五メートルほど離れた一団を、あれがサロファの連中だ、とカンヂが顎で示した。あれがタタだ、と教えてくれた男は、太市くらいの歳の若者だった。大きくはないが、丸みを帯びた肩や太い腿は、力と敏捷さを備えていそうだ。コジが手を上げて挨拶し、カンヂがそれに返礼する。見ていたタタも手を上げたが、カンヂは知らん顔である。

バラとコヤの闘いは接戦で、バラの大将が最後の相手を倒したのは、日没に近い頃だった。既に松明に火が入って、東の空には月が赤く上り始めていた。コジはじっくり観察したと満足そうに立ち上がったが、バラの大将は尻を地面につけてまだ荒い息をついていた。

「今度もサロファとの勝負らしいな」とカンヂは立ち上がって呟いた。

 その夜も群衆は踊りに興じて、深夜まで興奮が冷めなかった。アルタラによる怪我人も出たが、想定の範囲に収まったらしい。舞い上がった土埃の遥か上空を、美しい月がゆっくりと西へ動いていった。

二日目の朝は曇り空だった。ニア村の登場というので、闘技場を囲む観衆の熱気は、選手たちが姿を見せると一気に高まった。ババ村長が二村の選手を一人ずつ紹介すると、皆がガッツポーズを取るので、その度に大声援が送られた。

久六は予備の選手たちと後方に席を占めていた。コモの怪我が気になり、つい見てしまうのだが、やはり今回は無理のようだ。カンヂはこの日のパラン戦には不安がないと言っていた。問題は翌日のサロファ戦で、シジがどこまでやってくれるかであろう。

そのシジはパランの二人を倒し、次のミトも一人に勝ったので、パランの大将は三人を相手にするはめになった。だがさすがに実力者で、マラマを寝技から首捻り、巨漢モイをボディから顎へのフックでノックアウトしたのだ。

しかしパランの大将ヤニも、最後のカンヂ戦では、さすがに疲れが隠せなかった。モイが良くパンチに耐えたのが役立ったのだ。ヤニのパンチは鋭さを欠いており、フックをかわして放ったカンヂのアッパーが決まって勝負がついた。

午後の対戦は、何と大将のコジが出ることなくサロファが勝ち、ニアとサロファが最後の勝利を争うことになった。

日没近くにシャワーが来て、雨の音と水しぶきがしばらく辺りを包んでいたが、やがて晴れ間から月が顔を覗かせると、すぐ踊りと音楽が再開された。松明は濡れて消えてしまったが、月光を浴びた群集の熱気は変わらず、その夜も遅くまで踊りが続けられた。

久六は寝る前に太市の様子を見に行った。太市は横になっていたが、久六の顔を見て起き上がった。痛みは大方引いたが、足に力が入らず歩くのがしんどいらしい。

「決勝はニアとサロファだ、とサラが言っとったがね。ほんだで明日は見に行こう思やーすが、あのタタって野郎どうしやーたか、兄さん教えてまえんきゃ?」

 太市はやっぱり気になるらしい。

「一回出て勝っただけだがね。そんでも相手はバラ村の大将だで、なかなかの猛者いうことだわ」

 久六はあっさりとタタを評価した。そう言えば、太市が明日は来る気になるだろうと思ったのだ。


翌朝は晴れて暑い日になりそうだった。朝のうちにパランとバラが対戦し、パランが大将戦を制して三位を得た。久六は観衆の中に太市を探したが、サラもロタの姿も見つけられなかった。午後の試合には来るだろう、そう思いながら久六は昼寝に帰った。

日が傾くと、いよいよニアとサロファによる決勝戦というので、昼寝を終えた者も水浴びなどで過ごした者も広場に集まってくる。久六は熱気と体臭で、のぼせそうになりながら席に着き、あちこち目を走らせていると、太市がサラとロタに支えられ、群衆を押し分けながらやって来るのが見えた。近くに来たところへ久六が「体調はどうだ」と怒鳴ったのへ、太市は頷いて見せたが、騒音でそれ以上の会話は不可能だった。

ババ村長によって、両チームの五人がそれぞれ紹介されたが、その声も人々のどよめきでほとんど誰の耳にも届かなかったろう。

初戦はシジが任され、同じ年頃のアコン相手に勝利した。シジは動きでは負けていなかったが、打ち合いでは勝てないと思ったのか、習ったばかりの「とったり」に出た。アコンが取られた手を引っぱり返すのを待って、シジが捻りを入れると、関節が奇妙に曲がりアコンは地面に突っ伏してしまった。ゴキッという不気味な音は、二人の他には聞こえず、アコンの苦悶だけが観衆を驚かせた。うめき声を残して搬出される相手を、シジは茫然と見送った。

次の相手にタタが登場すると、観衆の中から多くの声が掛けられた。彼は滑稽な身のこなしでニアの人々を喜ばせたが、生来道化の素質を持つ男なのだろう。

対戦はタタの一方的な勝利だった。ジャブを打ち合ったスタートから、二人のスピードがまるで違いすぎた。結局回し蹴りが頬にあっさりと決まり、シジは立ち上がれなかったのだ。

カンヂはバラ村戦を見て、タタの実力を知っていた。次にマラマを指名したのは、その知識によるものだったろうか。

マラマは防御に徹し、タタの動きをクリンチや膝蹴りをうまく使って逃げ回った。組み合うと頭突きを多用した。それはタタが接近戦の打ち合いや寝技を嫌う性格だ、と見抜いたカンヂの指示だったのか。

マラマはタタの華麗な蹴りを警戒していたが、観衆がいつまでも待ってくれないのは分かっていた。彼は首が太く打たれ強くもあり、パンチもそれなりに重かった。勝機は打ち合いにあるだろう。マラマが相手の蹴りをかわして胸元へ飛び込んだ瞬間、タタは勢いに押されて倒れながら、思わずマラマを後ろへ投げていた。タタに投げようという意志はなく、手が偶然相手の脇に入っていたのだ。だが投げられたマラマは、手を突き損ねて頭から落ちたのである。タタはすぐ起き上がったが、マラマは失神していた。喚声は一瞬静まりかけたが、すぐに怒号交じりに大きくなった。

久六たちは茫然とその場に座っていたが、カンヂは手早くマラマを場外へ運ばせた。だが次のミトを目の前にして、すぐには指示の言葉が出てこないようだった。

「ちくしょう、悪運の強い野郎だぎゃあ。二人やってもまだ疲れとりゃせんがね」

 太市がそう怒鳴るように言うと、久六は頷きながらカンヂの方を見た。ミトが何か言ってから立ち上がると、歓声がまた大きくなる。

タタは最初から、ジャブを繰り出したり蹴りを試したり、身の軽いところを見せつけるような余裕があった。ミトはそれに合わせて動き回っていたが、しばらくするとタタの蹴りをかいくぐり、軸足に飛びついて倒すことができた。ミトは素早くタタの右足首を自分の股に挟んで回転し、相手の右脛を左足に載せると、股に突っ込んだ自分の足を閂のようにして締め付けるのに成功した。これは脚と脚を組み合わす固め技で、双方がダメージを受けるが、掛けた方が有利とされている。

タタが苦痛に耐えてもがくが、足は深く絡まって動かなかった。ミトは体重を懸けてタタの脚を痛めつけるが、その反動が自分に返ってくるのを、骨身に沁みて感じた。

ミトが体重を緩めた瞬間、タタは体を回転させて腹ばいになった。その方が痛みは少ないと思ったのだろう。すると今度はミトが、元に戻ろうと体を揺する。二人は苦痛を増し合いながら、相手より有利な位置を求めてもがいた。その後何回か態勢を入れ替え縺れ合った末、ついにタタがギブアップを宣言した。

ミトは何とかタタに勝ったが、自身もダメージを受けているので、次戦は苦しいと思われた。カンヂはタタの実力を考え、ミトをタタと心中させる作戦に出たのか。怪我でコモを欠いて、残ったメンバーとタタの闘いに不安があったのかもしれない。

予想通り、ミトはサロファの三番手キンの攻撃を受けてすぐにギブアップとなった。巨漢キンのパンチを腹に受けて動けなくなったのだが、足にダメージがなければスピードで勝るミトにも勝機はあっただろう。

ニアはコモに代わって副将となったモイの出番だ。彼も太って大型だが、背丈はキンが少し上回る。その分重心が低いので、蹴り合いではモイが有利と思われた。

もしモイが負けると、カンヂは三人を相手にすることになる。久六は祈るような気持ちでモイの闘いを見守った。

闘いは予想と違ってスピーディな展開で、蹴って様子見しパンチを出して下がる、という繰り返しになった。二人ともパンチと蹴りに破壊力があるから、タイミングよく決まると、一発で片が付くだろうと久六は見ていた。カンヂは腕組みして凝視している。

二人は相手のパンチを掻いくぐって打ち合い、クリンチから揉み合うと膝蹴りの応酬になった。モイは一瞬相手の首に腕が絡んだので寝技を狙ったが、キンの強烈な膝蹴りで離れてしまった。だが相手は喉を押さえて咳き込んでいる。チャンス到来だ。モイはキンの顎を目掛け、渾身のストレートを打った。だがキンの右手が鋭く伸ばされたのも同時だった。グシャッと鈍い音がしたはずだが、それは観衆の耳には届かなかった。二人は寄り掛かり合った後、同じように膝から崩れ落ちた。

介抱されて、二人はしばらく横になっていたが、観衆の声援で再び立ち上がった。だがババがカンヂとコジに諮って、勝負は引き分けとなった。二人に闘う力が残っていないと判断されたのだ。

ついに大将のカンヂに出番が回り、相手はサロファの副将メタンであった。二人はよく似た敏捷そうで丸い体をしている。背はそれほど高くなく、スピードを生かした攻撃が互いの持ち味らしい。モイとキンの闘いに似た序盤は、それより数段素早い動きで観衆を魅了した。しかし実力はやはりカンヂが上で、同じ蹴りとパンチのコンビネーションでも、ダメージには少しずつの差がついていく。だがメタンの攻めは、蹴りで足を多く狙い、パンチも深く飛び込むことがなかった。決定打のないまま時間が過ぎては、スタミナだけが確実に減っていく。メタンはカンヂの脚を打ち続け、ダメージを蓄積させるつもりらしい。カンヂには後がないが、メタンには大将のコジが控えている。

日没前の光が観衆を赤く燃え上がらせ、陰になる闘技場は薄暗くなってきた。繰り返される相手の攻撃の一瞬を捉え、カンヂは転がりながら相手の鳩尾に蹴りを入れた。メタンは倒れながら、巧みにそのダメージを減らそうとしたが、それを追ったカンヂの跳び膝蹴りが、ついにメタンの顎を捉えた。大の字に伸びたメタンを前に、辺りは大歓声に包まれた。

太陽が燃え落ちて水平線を焦がし、東の空では満月が存在感を増してきた。ヤシの松明に火がつくと、広場は一気に夜になる。いよいよアルタラも大詰めである。

カンヂは水をかぶり、ヤシの汁を飲んだが、十分なスタミナは残っているか、懸念していたのは久六だけではないだろう。カンヂの体に油を塗りこみながら、盛んに何か喋っている男たちは、最後の闘いに挑む大将を何と言って励ましているのか。久六はそこへ加わりたいと思いながら、自分はやはりよそ者なのだと考えてしまうのだ。

闘技場にカンヂとコジが立つと、観衆のどよめきとその巨大な影が揺れる。月光を浴びた二人は、さながら神話の中の英雄である。身長はコジが少し高いが、細身なので重さはカンヂと変わらない。長年ライバルとして闘って、お互いを認め合う仲だった。

闘いは初めから、打ち合い蹴り合い、目まぐるしく跳梁して止まらなかった。二人の肉体は月光に鈍く輝き、野生の猛獣の如く、あるいは荒々しい舞踏のように、その存在を主張し躍動した。

カンヂはコジの回し蹴りを警戒していた。それは体の回転による遠心力を利用し、頭を下げる反動で足先を後頭部や首筋に打ち付ける技だ。数多い対戦で熟知しているつもりでも、足を跳ばすタイミングや方向を、呼吸を読むようにずらすのがコジだった。一方カンヂの得意は跳び膝蹴りと、体を丸めて転がりながらの足蹴りだ。前回はコジの顎に膝蹴りが決まって勝ったのである。

二人は互いに得意技を繰り出しながら、今は汚れてしまった白砂に汗を滴らせていた。その動きはまだ素早いものだったが、カンヂは跳躍力の落ちたのを感じていた。まだ膝がコジの顎まで届くだろうか。鳩尾では一撃で決定的なダメージにはならない。このままでは、コジの優勢は変わらない。

その時カンヂの頭に浮かんだのは、久六としたぶつかり稽古のことだ。コジは手足が長くバランスが良いから、倒されることが少なく、寝技には慣れていない筈だ。弱点はそこではないかとカンヂは考える。相撲で鍛えた久六のぶちかましは無敵だが、カンヂもかなり威力には自信があった。

 拳を地面につけた構えは、コジには初めてだったらしく、ファイティングポーズはとったが半信半疑の表情である。カンヂはそれを見て突進し、攻撃する暇も与えずコモを飛ばしていた。さすがにコモも驚いたのだろう、殺到するカンヂを呆然と迎えたが、腕は相手の肘を掴もうとしていた。カンヂが抑えこもうとするが、コモは素早く両足をカンヂの腹に巻き付ける。二人は首を絞めあって果たせず、殴り合っても互いのダメージは小さかった。

やがてスタミナで勝るコジは、上下を逆転し、巻き付けた足をカンヂの脇の下まで移動させた。カンヂは足を振り手も使って、体勢を立て直そうともがいたが、横向きになるのがやっとだ。ついにコジの手がカンヂの顎に掛かった。首を捻りながらコジは頸動脈を圧迫する。もはや逃れる方法はなさそうだった。カンヂはギブアップを選択した。観衆のどよめきは、様々な興奮を反映して高まり、そしてゆっくりと解けていったが、いつまでも消え残って続いた。松明が揺らめき、見下ろすように月が中天に輝いていた。

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