吉太郎と清吉、オカン島へ

「ここは何ちゅう、たあけらしい村でねえかね親方。わけ分からんでかん」とオカンへ来てすぐに、そう言って清吉が呆れたのも無理がなかった。

 ここはサンゴ礁で出来た島で、痩せた畑と漁労で生活しているわけだが、その生業はほとんどが女たちによって成り立っており、男たちはといえば、ヤシの葉を編んで籠や簾や敷物などを作ったり、炊事に掃除に洗濯という役割を果たしていたのである。

オカンには村が四つだけで、住民も全部で千六百人ほどしかいない。吉太郎と清吉が住み着いたのは、島の中心にあるワメ村で、村長はアモという豊満な女性であった。

オカンの畑は、ほとんど芋しかできないようで、豚や鶏の数も他島より少ない。だから海に頼るしかないのだろう。女たちのカヌーを使った漁の見事なことは、すぐに吉太郎と清吉を感心させた。

ある日、アモがイトという金目鯛に似た三十センチほどの真っ赤な魚を釣ってきた。ここらの魚は身が柔らかく脂が乗ってない、と二人は思っていたが、試しに刺身にしてみると意外に旨いと分かった。

「こりゃあ鯛に間違いにゃーだら」と清吉は笑った。そして皮目を炙ってみると、これもまた上等な味だった。さすがにアモは生では口にしないから、バナナの葉に包んで蒸したがこれも良い味だった。

アモは十二になる息子を持つ寡婦で、歳は三十くらい、海で鍛えられた太い腰回りと、艶のある日焼けした肌は「南洋じゃ美人」の類で、村長としての品格もあり、女性が太陽であるオカンを代表する人物だといえる。

「アモは大した女だなも。男らが情けにゃーからかも知らんが」

 吉太郎は、色々と作業の指揮を執るアモの姿と、その下で働くのが皆女性なのも毎日見ている。

「おいらのおっ母もあげな性分だけんど、アモにゃかなわんがね」

 清吉は母親を思い出しながら、堂々たるアモの振る舞いを好ましく見ていた。

女たちに交じって、畑仕事や漁労を手伝うことも気が引けて、二人は男たちが作業するのを見ているしかなかった。当たり前だが、いつも小屋の中で編んだり織ったり、糸や縄を綯ったりしている男たちは、元来色の濃い人々なのだが、年中野外で働く女たちに比べればその肌色は薄かった。吉太郎には、それが男たちの情けなさを強調するように思われた。

「この連中よりゃあ、ワシのほうがよほど良い色しとるがや」

 吉太郎の肌は、長年の漁師稼業で褐色だが、日焼けしてもすぐ褪める清吉は、そういわれると苦笑するしかなかった。目鼻立ちが小作りのせいで、清吉は若く見られることが多い。実際は十八なのだが、アモの息子で十二のシンといくつも違わないように見える。そのせいでアモが息子のように扱っても、清吉はまるで気にしなかった。彼にはアモが母親か姉のように思えたのだ。

 二人は気が向くと、ヤシの繊維で縄を綯ったり、バナナの糸を紡いだり、息抜きに海を眺めたりして過ごしていた。浜からはマカトもフラガも見えず、水平線と空が果てしなく広がっているだけで、船はおろかその幻影さえ現れそうになかった。

「ほい、縄があるんだで、藁草履(わらぞうり)ができるがね」

 ある日吉太郎がそう言いだした。自分たちの擦り切れた足元を見ていて、ふと思いついたのである。

「ほんでも作り方が分かりゃーすか、親方?」

「昔爺さまから教わって作ったがや。何とか思い出さなかん」

 三日ほど試行錯誤の末、吉太郎は何とか藁草履らしきものを編み上げるのに成功した。そして三足ほど作ってから、男たちにそのやり方を覚えさせることになった。

「無理にやらせとって、えーがかね、親方」と清吉は心配したが、

「ここじゃ裸足で歩いとるで、草履のえーのが分かりゃ、みんな履くようになりゃーせんかね。まあ、ワシにちっと考えがあるで」と吉太郎は微笑みながらそう言った。

 男たちは、吉太郎の説明を戸惑いながら聞いていたが、四日もすると作り方を習得してしまった。年中編んだり織ったりしている彼らには、それほど難しいことではなかったらしい。

ある程度の草履が出来たので、使い方を実地に説明することになった。集められたのは男女それぞれ十人で、それにアモとシンも加わった。

まず吉太郎と清吉が履いて見せたが、鼻緒を知らない村人は、指の間がくすぐったいと言い、違和感を覚える者が多かった。だが好奇心は旺盛らしく、全員が一足ずつ手にし、中指を挟んで履いたりと、玩具を貰った子供のような騒ぎだ。

吉太郎は、草履が海岸の岩や貝の上で役に立つと考えていたが、アモに説明するのは難しそうだった。それで付近の石ころの上を歩いて見せ、彼女に草履の有用性を訴えてみた。アモは笑いながら一緒に歩いた後、何か喋ったが、

「これは良いものだ」と言っていると吉太郎は解釈した。

 アモの推奨があったかは不明だが、この珍奇な履物を村人たちが競って欲しがり、男たちの仕事はにわかに忙しくなった。吉太郎と清吉の滞在する作業小屋には、十人の男たちがいたが、村には他に八つほどそうした小屋があり、そこでも草履を作りたいと男たちが習得にやってきた。その結果、三週間後には草履が村人全員に行き渡り、その余りを纏めてみるとかなりな量であった。

その草履の山を、清吉がぼんやり眺めていると、

「なあ清吉、お前この草履をマカトとフラガへ持ってってよ、新平や久六と太市がどーしとるか、見てきてちょーせんか」と吉太郎が言った。

 二人がマカトを出てから、すでにひと月以上が過ぎていた。帰国の望みは相変わらず不明だが、彼が親方として仲間を纏める責任はあるわけだ。

「やっとかめに顔見てきやーすか。ほんでも親方も一緒に行きゃーええがね」

 言われた清吉はなぜだろうという顔だ。

「ワシはこの草履を、オカンの産物にしてゃーと思うとる。マカトでもフラガでも気に入ってくれりゃあ、あっちの産物と交換できるがね。すりゃーこの島もまっと良うなるだら。ここの情けにゃー連中をよ、女と対等にしてやりてゃーと思わんきゃ。ほんだで、段取りを色々整えるつもりなんだわ」

 親方は意気込んでいるらしい。その成否は分からなかったが、清吉は信じたいと思った。彼には吉太郎が、次第に父のように感じられてきていたのである。

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