女王、目覚めて

 温かな光に全身が包まれているのを感じ、女王が、その切れ長な目を開くと、寝所の見慣れた天蓋が目に入った。

 つづけて目覚めた女王の耳に、人々のどよめきの声が入ってきた。


 目を動かして確認すると、女王の寝台のまわりを、重臣たちが囲んでいた。

 無礼が過ぎると思ったが、日頃は感情を表に出さない重臣たちが、自分に向けて涙を見せているのをみるに、何かよほどのことが我が身に起きていたことを、女王は悟った。


 女王は立ち上がろうとしたが、体に力が入らなかった。

 事情を悟った侍従長が手を貸し、やっとはんを起こした。


「事情を説明しろ」

 女王が常と同じく冷めた声で言うと、宰相が恭しく頭を下げてから、三人の若者を呼び寄せた。


 片膝をつき、自分にあいさつをする旅装姿の若者たちに、女王は見覚えがなかった。

 装備の品々は一流であったが、ひなびたところの生まれであることを、その挙措から女王は感じ取った。

 実際、三人は、自領でありながら女王も名を知らぬ、辺境の生まれであった。



 宰相による報告は、女王にとってすばらしいの一言に尽きた。

 まだ女王の父が健在のとき、遠い東国で魔王が復活し、その軍勢が彼女の国へ攻めて来た。


 魔王軍の侵攻を防ぐため、女王はおうの片腕として、十代のころから政務を担った。

 魔王軍を防ぐための軍事力を強化するなかで、反対派を粛清し、重税が引き起こした一揆を鎮圧した。

 また、周辺国の利害を調整し、対魔王軍の軍事同盟を維持させた。


 父王が死ぬと、女王は宮廷闘争を勝ち抜き、反対派を一掃した。

 それだけでなく、代替わりによって生じた、隣国との領土争いでも敵軍を打ち破り、肥沃な領土を手中におさめた。


 魔王軍との戦い、周辺国との交渉、国内の不穏分子の対策などに、女王は不眠不休で対応し、成果を上げつづけた。


 周辺の王たちも内心おもしろくなかったが、いちばん女王の存在を疎ましく思っていたのは、魔王であった。

 魔王は、侍女のひとりを操り、呪いの香水を女王にふりかけさせた。

 その結果、女王は永い眠りにつかされた。


 女王は実に、三年もの間、眠りについていた。

 魔王にとって誤算であったのは、女王の国は、すでに国防の体制が確立されていたため、そのたくらみは、対魔王軍の軍事行動に大きな影響を与えなかった。

 調整役を失い、国家間の争いも再発したが、対魔王軍という面では、大事に至らなかった。



 魔王軍との戦いが熾烈を極め、各国の疲弊が高まったときに現れたのが、寝所で女王に拝謁している三人の若者であった。


 三人の若者は幼馴染おさななじみで、それぞれ、戦士、魔法使い、僧侶として、類まれな能力を有していた。

 三人は今が好機と、各国との戦いで疲弊していた魔王軍の本拠地へ忍び込み、僥倖にも魔王を倒した。

 魔王の死により、魔物による組織的な軍事行動はなくなった。


 そして、魔王を倒すと三人は、急ぎ城へ参上して、魔王の城で見つけた秘薬を献上した。

 その秘薬を神官が飲ませてみると、女王は目を覚ました。

 以上が、宰相の報告であった。



 話を聞き終わると、女王は衆人の前であったが、構わずに大きく伸びをした。

 何というすばらしい、最高の目覚めであろうか。


 四六時中、頭を悩ませ、寝ている間も悪夢にうなされていた、あの魔王軍の組織的な活動が、自分の寝ている間に解決してしまったとは。


 魔王軍の残党の問題はある。

 国内外の争いも再発するであろう。

 しかし、それらはどうにでもなった。


 ああ、すばらしい。

 女王はめったに見せぬ微笑で、三人の若者をねぎらった。



 三人の若者は、それぞれ恩賞を与えられた。

 まとめ役であった戦士は、独身であった女王の婿となり、軍を率いる将軍のひとりに選ばれた。

 魔王を倒した戦士を婿に迎えることで、国内外の女王の権威は高まった。


 もともと政治に関心があった魔法使いは、重臣のひとりに加えられ、国政への参加を許された。


 僧侶も重臣の席を与えられたが、これをやんわりと固辞し、女王から下賜かしされた財貨を孤児院へ寄付すると、生まれ故郷へ帰って行った。

 欲のなさを称揚されると、「いや、私は三人の中でいちばん欲深いですよ」と、僧侶は答えた。

 僧侶の言葉を伝え聞いた女王は、彼の監視を強化するように、侍従長へ指示を出した。



 国政に復帰すると女王はまず、眠っていた三年間に育っていた、国内の反体制派を弾圧した。

 同時に、魔王軍との戦いで弱体化していた軍を立て直し、国力を疲弊させていた周辺国を威圧することで、外交関係を有利なものに改めさせた。


 その女王のやり方に三英雄のひとりである魔法使いが異を唱えたが、実際の政治というものを知らず、重臣たちに味方のいない中で女王に正論を吐く魔法使いは、すぐに窮地へと立たされた。

 反体制派の残党と手を組んだ魔法使いはほんを起こしたが、事前に発覚して処刑された。



 女王の婿となっていた戦士は、魔法使いの謀反には与していなかった。

 だが、こちらも、軍の指揮など執ったことのない者が急に将軍になったので、周りとのいさかいが絶えなかった。

 そのため、魔王軍の残党狩りについて、戦士が担当している地区だけが、女王の計画よりもかなり遅れていた。

 他の将軍は少しでも計画に遅れがあれば、きつい叱責を受けたが、婿であり救国の英雄である戦士は不問とされた。

 それが、他の将軍の不満を呼んだ。


 しばらくすると、戦士も自分に兵を動かす才能がないことに気がつき、指揮を部下に任せ、酒色に溺れるようになった。

 それに対して、女王は何も言わなかった。

 酒を飲んでは城内で暴れ、女王付きの侍女に手を出すようになっても、彼女は見て見ぬふりをした。

 しかし、それが城外に及ぶようになると、女王自身の体面にかかわってくるため、処置が検討された。


 魔法使いのように殺してしまってもよかったが、その可能性は低くとも、新たな魔王が出てきたときに、戦士は役立つ存在であった。

 結果、女王は侍従長に指示を出し、城内の寝所でだらしなく眠っていた戦士に、以前自分につかわれた呪いの香水を振りまかせた。


 侍女たちによって威厳のある姿に整えられた戦士を見下ろしながら、侍従長が女王に尋ねた。

「殿下がお目覚めになられたとき、すなおに陛下のご命令に従われるでしょうか?」

「単純な男だから、どうにでもなる。それよりも上手い理由を考えて、国内外に知らせておけ。魔王を倒した救国の英雄は死んだわけではなく、眠っているだけだとな」

「だれにも迷惑をかけずに、ですね?」

 侍従長の言葉に、女王は冷めた微笑を浮かべたが、すぐに消した。

「それよりも最後の一人、僧侶の動向が気になる。ようやく平和になったのだ。危険分子には消えてもらわないと、安心して眠ることができない」

「首尾よく行けば、明日のお目覚めの際にでも、よい報告をお届けできるかと」


 しかし、事は女王の思い通りには進まなかった。

 辺境にきゃくを送り込んだころには、すでに僧侶は西国さいごくへ旅立っていた。

 失敗の報告を受けても、女王は感情を表に出さず、追っ手を差し向けることもしなかった。



 女王の国は、彼女の独裁のもと、空前の繁栄を迎えた。

 戦士は眠り続け、その身はやがて朽ちたが、そのままにされた。

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