手紙
親愛なる フランチェスコへ
返事が遅くなってすまない。
元気だとうれしい。
ぼくの方は相も変わらずだ。
言い訳をするが、手紙をもらってすぐに、僕は机の前に坐った。
これは本当だ。
返事を書くために紙を用意して、ペンにインクもつけた。
問題が起きたのは、紙の重しとして、机の端にあった、お気に入りの文鎮を取ろうとした時だ。
まぬけなことに、文鎮を床に落としてしまったんだ。
そうだ。
きみからもらった、あの文鎮だよ。
黄色いガラス製で、フクロウが描かれている、あれさ。
おそるおそる目を落としてみると、黒い床の上でキラキラと、ガラスが星のように輝いていた。
その様子をながめていたら、実に残念で悲しい気持ちになった。
ずいぶんときれいだったがね。
ぼくは、本当にあの文鎮を気に入っていたんだ。
どれくらい気に入っていたか教えてあげよう。
上質な紙とスラスラと書けるすばらしいペンが手元にあっても、ぼくは、あの文鎮がなければ、一行も文字がつづれなくなっていたんだ。
ほかの重しをいろいろと試してみたが、どれもしっくりとこなかった。
結果、二三日、きみへの返事を書かずにいたのだけれど、さすがにこれ以上遅れては、きみに迷惑がかかると思って、みにくいミミズ文字になってもしかたがないと、ペンを手に取った。
ぼくの恥より、きみの都合のほうが大事だからね。
そんな風に、ぼくにしては殊勝な心持ちになっていたのを、神さまが憐れんでくれたのだろう。
最初の一行(つまり、きみのなまえ)を書こうとしたとき、書斎の窓越しに、小亀のジュゼッペが目に入った。
きみもよく知っている、あの、メロン泥棒のジュゼッペだ。
村中のメロンを食い尽くしたあの悪亀だよ。
「ジュゼッペくん。どこに行くんだい。また、ウサギと駆けっこかい?」
そう冷やかすと、ジュゼッペは、きみの村に住む叔父さんの家へ、イチゴをごちそうになりに行くと、僕に言うではないか。
それはちょうどいいと僕は、ジュゼッペに手紙を届けてもらうことにした。
窓からジュゼッペをつかみ、文鎮代わりにして、手紙を書き始めた。
ジュゼッペは文鎮として、重さはよかったが、ちょっと大きすぎた。
手紙の上半分が空白なのは、それが原因だよ。
ジュゼッペのよだれがついているのは、ご愛敬だ。
あと、ガラスの重しとはちがい、喋るのが難点だった。
書いていてずいぶんと気が散った。
「ペンは剣より強しと言うけど、ペンでぼくの甲羅は貫けませんよね」
などと生意気を言うので、こっそりと甲羅に、「鷲に食われちまえ」とペンで書いておいた。
手紙を読み終わったら、探してみてくれ。
というわけで、本題を片付ける。
申し訳ないが、次の会合には出られない。
理由は、ジュゼッペがもう出発したいそうだから、省略する。
かれに聞いてくれ。
いまから、折りたたんだ手紙を、紐でジュゼッペの甲羅に結びつけるよ。
遅くても、今日の夕方には、きみの手元に届くだろう。
なにせ、ウサギより早い亀が配達人だからね。
お礼として、彼にキャベツをあげてくれ。
約束したんだ。
頼んだよ。
きみの親友であるフォルトゥニーノより
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