異国の話

カカラの石像

 スーマ家の正統なる国家の首都ルヤンから、南西に馬を一月走らせると、ダリ州に着く。

 の地では良質の石が採れ、その名は遠い異国にまで聞こえていた。


 ダリ州と領土を接する三つの国は、すべてスーマの属国であり、恭順を示してからの月日も長く、反乱の恐れはなかった。

 そもそもダリ州自体が、元は、長い歴史を有する王国であった。


 書物によると、そのはじまりは、石堀人たちの小さな集落からと、伝わっている。

 規模が大きくなるにつれて、周辺の勢力から採掘場を守り、訪れる商人の安全を保つために、軍備を整え、ついには建国を宣言した。


 その後、帝国の勃興に大陸が呑まれていく中、王国もその軍門に降った。

 帝国が石材を直接管理する必要から、ダリは直轄領に編入された。


 州は、帝国へ納める各種の税を免ぜられる代わりに、帝都への石材の供給と、周辺国の管理を担った。

 なお、王家の子孫は貴族として、今は帝都で暮らしている。


 ダリ州の最高責任者は、帝都から派遣される総督が務めていた。

 徴税のうまみがすくなく、周辺国も友好的なダリ州の総督は、出世を目指す高官からすれば、不人気の職であった。

 若手もしくは引退間際の高官が任命されることもあったが、しくじりを犯して飛ばされてくる者が大半であった。



 後の大宰相カカラもその一人で、帝国の宿敵であった、ウェリン国に領土を奪われる大失態を犯し、ダリ州に流れ着いた。

 ただ、ほかの者たちとカカラはちがっていた。


 青年総督は、石材の取れ高を二割増しにするだけでなく、帝都の知り合いを頼りに販路を拡大し、州を富ました。

 また、橋や道路を整備し、貧民の教育に力を入れた。


 結果、死ぬまでダリ州に留め置かれると思われていたカカラは、わずか三年で、副宰相として、帝都へ呼び戻されることになった。


 ウェリン国との争いの激化を受け、財政が悪化していた帝国の立て直しに、カカラが必要とされていたのは事実である。

 だが、事情通は、カカラをダリ州にとどめておくのを良しとしない、高官の一部が、皇帝を動かしたのではないかと勘繰っている。


 ウェリン国に対する敗戦の責任をカカラ一人に押し付けた連中からすれば、遠い南西の地で、彼が州民だけでなく周辺国からも頼りにされている状況は、快眠の妨げであった。

 州民の中には、カカラを「我らが王」と呼ぶ者までおり、彼が兵を起こせば、事がどう転ぶか、予想がつかなかった。


「だから、手元へ置いておくために、総督を都へ呼び戻すのさ」

「まあ、なんにせよ、めでたいことだ。あのお方が、こんな辺境で埋もれずに済んで」

 そのような会話が、州内の酒場でささやかれた。



 カカラが州を去ることが明らかになると、善政への感謝の気持ちとして、州民が金を持ち寄り、総督府の前に、石像を建てることになった。

 具合の良いことにその年は、州が帝国に編入されて百年を迎える記念の年でもあった。


 さすがにカカラの像を作るのははばかれたので、記録を調べたところ、最後のダリ王から、王権の証であるつるぎと、州都の大門の鍵を受け取った将軍の故事が見つかった。

 百年前のことであり、将軍の顔を見たことのある者はいなかったので、その顔をカカラに似せてしまえばよいと、有力者の一人が思いついた。


 話をカカラに持っていったところ、「好きにすればよい」と反対はしなかった。

 その統治において、カララはなるべく、部下や州民の好きにさせていた。

 そのため、内心はどう思っていたのかは不明だが、石像の件も許した。

 ただ、助言は与えた。


「男の像よりも、女の像のほうが、いい名所になると思うが、どうだろうか?」

 カカラの言を受けて、石工への注文は女神像へと変わった。

 彼が中性的な顔立ちをしていたので、性別を変えることに、問題はなかった。



 学者が州に伝わる古文書から、適当な女神をすぐに用意した。

 それから、カカラに顔立ちを似せ、剣と鍵を持たせた女神像を、ダリ州一の石工が、最上の石材で彫り上げた。


 石工はまだ年が若く、その点に不満をもらす者もいたが、「こういう大事は、未来のある若者に任せた方がうまくいく」と、彼の師匠は擁護した。



 カカラが出立する前日に、石像は総督府の庭園に置かれた。

 花々に囲まれた女神が、両腕を広げ、右手に剣、左手に鍵を持っている。

 剣と鍵には金箔が貼られ、その神々こうごうしい姿から、カカラへの感謝と、彼の立身への祝意が、十分に感じられた。


 像を見た者たちは感嘆し、石工を口々に褒めたたえた。

 しかし、当の石工だけは浮かない顔で、「悪くはないが、何かが足りない。できれば総督様には、お見せしたくない」と言い出した。

 そのような若い芸術家の完璧主義を、周りの者たちはやんわりとたしなめた。



 新しい総督への引継ぎ式を済ませたカカラが、州の代表へ別れのあいさつをするために、総督府前の庭園へ、馬で乗り込んで来た。

 なお、本心かどうかは不明だが、カカラは帝都への出戻りを渋って見せ、交換条件として、自分の息のかかった人物を、新しい総督に推薦し、その望みを叶えた。

 結果、カカラが去った後も、彼の意向に沿った形で州政が行われることになり、州民たちは大いに安心した。



 カカラからの惜別の辞は、常のものと同じく、きわめて手短に終わった。

 対して、州民たちは、次から次へと、長い祝辞をカカラに捧げた。


 待ちきれずに、カカラの馬が眠り始めたころ、最後のはなむけとして、石像の除幕式が行われた。

 紫の布が取り除かれ、女神像が姿を現すと、出席者たちは賛辞の声を上げた。

 像に触発された者たちは、再度、カカラへ感謝の気持ちを伝えるために、声をかけようとしたが、いぶかしげに像を見つめる彼の姿を見てためらった。


 気に召さなかったのだろうかと、みながささやきあっていると、若い石工がカカラへ近づいて尋ねた。

「この像を彫った者でございます。このような場で、お聞きすることでないのは承知しておりますが、お気に召されませんでしたか?」

 カカラは若い石工を一瞥いちべつして、「今のままでもよい出来だと思うが……。そういうおまえのほうが、満足してないようだな」と、青年の心の内を見透かした。


 石工は目に涙を溜めながら、「何かが足りないのです。しかし、私にはわかりません」と答えた。

 その様を見て、カカラは微笑を一つ浮かべたのち、像へ近づいた。


 カカラの目の前で、女神像が両手を差し伸べている。

「ちがうな。足りないのではない。余分なのだ」

 言い終わるとカカラは、従者に石像の両腕を切り落とさせた。


 その音で、彼の愛馬が目を覚まし、主人のもとへ近づいて来たので、カカラはそのまま馬に乗り、帝都へ向けて出立した。


 場に残った者たちは、しばらくの間、両腕のない女神像を、黙って見つめつづけた。

「あの方は、私よりも美というものをご存じだ」

 沈黙を破ったのは、若い石工だった。



 以後、ダリ州は、人材と資金の面でカカラを助け、彼を大宰相へ押し上げるために、できるかぎりの手助けをした。

 対するカカラも、ダリをより豊かな州とするべく、必要な助力をした。

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