童話

いろいろな仕事

 朝いちばんに、さらさらとした川砂のうえを、姉弟の子ぎつねがたわむれながら、駆けていました。

 二匹はときおり立ち止まると、藍色の川をながめては、「いない、いない」と声を掛け合いました。


 お目当てのあぶくを先に見つけたのは、弟ぎつねのほうでした。

 二匹は声を合わせて、あぶくに向かって声をかけました。

「床屋さん、床屋さん。髪を切ってくださいな」


 返事の代わりに、大きなあぶくがひとつ出ました。

 それから、一匹の蟹が川底を這い進み、姉弟の前に姿をあらわしました。


「いらっしゃい。お嬢ちゃんと坊ちゃん。それでは、並んで坐っておくれ」

 二匹は丸い石のうえに、それぞれ腰をおろしました。

 澄んだ川の水が、鏡のように、二匹の顔を映しています。


 蟹は口からたくさんの泡を出し、子ぎつねたちの頭にかけました。

 姉弟は自分で髪の毛を洗い、川の水で泡を流しました。


「これこれ、坊ちゃん。まだ泡が残っているよ。もっとよく、水をかけなさい」

 少し日が弱かったので、二匹の髪を乾かすには、その分、時間がかかりました。


 蟹が、両の鋏を動かしながら、姉弟に尋ねました。

「二人とも、いつもと同じ長さでいいかい?」

 「うん」と弟ぎつねは、大きな声で言いました。

 お姉さん狐は恥ずかしそうに、「ちょっと長めに」と注文を出しました。


 蟹は鼻歌をうたいながら、手早く二匹の頭を刈っていきました。

 子供は辛抱が足りませんから、スピードが大事なのです。


「床屋さん、ありがとう」

 姉弟の子ぎつねは、お礼の油あげを置くと、仲良く蟹の前から、すがたをけしました。

 野原で楽しく遊ぶのでしょう。


「これは、いけない。もう、こんな時間だ」

 お日さまの高さを見て、蟹がつぶやきました。



 朝のおやつの時間ごろ。

 蟹が、田んぼの稲を刈っていると、地主のサルが、声をかけてきました。

「小作人さん、精が出ているね」

 蟹は、頭にかけていた手ぬぐいを取って、頭を下げました。

「はい。ありがたいことに、今年も豊作です」

 サルは満面の笑みを浮かべて、「それはよかった」とうなづきました。

 それから、あぜ道に、熟れた柿を三つ置きました。


「あとで食べておくれ。ところで、このあと、どうだい」

 サルが、右手で、碁を打つしぐさをみせました。

「あいすみません。昼から、お城に呼ばれているのです」

 蟹が残念がると、「お城で失礼のないようにね」と言い残し、サルはどこかに行ってしまいました。



 日は、今日いちばんの高さです。

 ハチのお城は、大きな大きな、ナラのうろの中にあります。


 お姫様の部屋で、ツンとした侍女のハチから、蟹は反物と図面を渡されました。

「仕立て屋さん、この通りに切ってちょうだい」

 ハチのお姫様が、ツンとした声で言いました。


「かしこまりました」

 蟹は平身低頭しながら、さっそく布へ、鋏を入れました。

 そして、どうにか、二匹のハチのツンとした視線を浴びながら、反物を図面通りに切り終えました。


 お姫様はお礼として、たくさんのハチミツ酒を、蟹にくれました。

 川原へは、お城の兵士が届けてくれます。


 蟹はツンとした女性が苦手でしたが、お姫様はお得様だったので、我慢をしなければなりませんでした。

 蟹も、食べて行かなければなりませんから。



 日の傾きは、午後のおやつの頃を指していました。


 蟹が家路を急いでいると、草むらから声をかけられました。

「おおい、庭師さん。ちょっと、うちの生垣いけがきを刈ってくれんかね」

 声の主は、小人のおじさんでした。

 おじさんは、名うての猟師として、この辺りでは知られていました。


「ご用命、ありがとうございます」

 蟹が草むらをきれいに整えると、小さいけれど立派な家があらわれました。

 「いやあ、見違えたな」と言いながら、おじさんが、笹に包んだカエルの肉を、蟹へ渡しました。



 蟹が川原に戻った時には、日はもう落ちていました。

 さらさらとした砂辺は、多くの客でごった返していました。

「板前さん、遅いわよ。早く、さかなをさばいてくださいな」

 居酒屋のおかみであり、蟹の恋人であるヘビが、大きな声を上げました。

 蟹は疲れていましたが、本日最後の仕事だと、張り切ってフナをさばき始めました。



 店を閉めたら、蟹とヘビは、焼きガエルをさかなに、ハチミツ酒を楽しむのでしょう。

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