梟話

 昔々、尾張の国に、西川にしかわなにがしという、医者がいた。

 この医者、目の治療にかけては右に出る者がおらず、国中に名を知られていた。


 ある時、国家老の屋敷に呼ばれ、孫娘の治療を頼まれた。

 娘は鳥目で、暗がりだと物が見えにくかった。

 それが嫁入りの支障になっては困るので、直せるものなら直してほしい、との話であった。


 国家老の頼みであり、また、大金も積まれたので、医者はいろいろな手を試した。

 しかし、娘の目はよくならなかった。



 そんなあるとき、試していない方法を求めて、医者が古い漢籍を調べていると、鳥目には、ふくろうの目玉を、生で飲ませるのがよく効くと、書かれていた。


 医者は、梟の目玉を、最後のとっておきの手段に定め、効果がなかった場合は頭を下げて、治療を断念することに決めた。



 その後、ものがものだけに許可を求めたところ、家老は渋ったが、当の本人である孫娘が、「おもしろそう」と食いついてきた。



 しばらくすると、頼んでいた猟師が、梟を医者の元へ持参してきたので、その場で目玉をくりぬいてもらい、そのまま家老宅へ向かった。


 娘は物おじせずに、梟の目玉を飲み込んだ。



 それから十日ほど経った早朝、医者は家老の屋敷へ呼び出された。

 使いの侍によると、家老がカンカンに怒っており、医者を斬って捨てると、叫んでいるとのことだった。

 医者は妻とみずさかずきを交わしてから、家を出た。



 屋敷に着き、茹蛸と化していた家老から、医者は事情を聞いた。


 何でも、治療のあと、孫娘の鳥目はすぐによくなり、暗がりでも物がよく見えるようになった。

 だが、それと同時に、見えてはいけないもの、あやかしのたぐいまでが、目に映るようになってしまった。


 話し終えて、刀に手をかけた家老を、孫娘が笑いながら止めてくれたので、医者は切られずにすんだ。

「目が治っただけなく、おもしろいものまで見えるようになりました。私からも褒美を差し上げましょう」



 後日、この豪胆な娘の話を、ある藩の殿様が知り、息子の嫁にと申し出てきた。

 その縁談がまとまると、医者は家老の推薦で、ご典医に選ばれた。




 また別の話だが、この西川某の孫弟子に、木村某という者がいた。


 三河の国で医業を営んでいたが、梟の目玉を使って、鳥目を治すことで、一財産ひとざいさんを得ていた。

 猟師が捕まえてくる分だけでは数が足りず、家の裏に大きな小屋をつくり、梟を増やし、治療にあてていた。



 ある夜、鳥目を治してくれた礼にと、豪商に招かれて、痛飲した。

 どうにか帰宅したが、何を思ったのか、梟の小屋に入り、そのまま寝入ってしまった。

 朝になり、下男が発見したときには、両の目玉をくりぬかれて、死んでいた。



 殺生の報いを受けたわけだが、上の話には異説がある。



 木村某は死なず、盲目の身となったので隠居して、長寿を全うした。

 鳥小屋を壊して跡地に塚をつくり、梟たちを供養した。



 今でも、その地には、子孫が営んでいる医院がある。

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