ご加護

 泊めてやった旅の老人が、まきで仏像をり、寺に置いていった。


 住職はさほど良い出来とは思わなかったが、仏像を捨てるわけにもいかなかったので、なんにしまっておいた。


 しかし、しばらくして、その旅人が高名な仏師であることを知ると、前からあった仏像の代わりに、くだんの仏像を仏間に据えた。

 長年にわたり手を合わせていた仏像は、納戸に追いやった。



 噂を聞きつけて多くの者が拝観に訪れるようになると、中にはご利益を求めてか、仏像に触る者もあらわれた。

 住職は仏間に柵を設けてさわれないようにして、自分の手の空いている時にだけ、拝観を許すようになった。



 そうするうちに、仏像を彫った老人が、都で亡くなった。

 新しいものが彫られることがなくなり、仏像の価値がさらに上がると、住職は強盗を恐れるようになった。


 仏間の入り口に鍵をつけ、雇った屈強な寺男に、寺を見回らせた。

 それでも安心ができず、眠れない日々が続くと、住職には、寺を訪れる全員が盗人に見えはじめた。


 不安が極まった住職は、寺男を追い出し、寺の門を固く閉ざして、だれも入れないようにしてしまった。

 葬式に呼ばれて外に出る時以外は、日がな一日、仏間にこもった。


 月日が流れると、寺はすっかり荒れ果ててしまった。

 用のある村人以外は、まったく近づかなくなっていた。



 そのようなある日、寺の外から呼んでも返事がないので、村人のひとりが、朽ちて穴の開いていた塀から、中に入った。

 仏間をのぞくと、住職が血を吐いて死んでいた。



 新しい住職が必要だと、隣村出身の、都で修行中の若い僧侶を招くことにした。

「気は進みませんが、寺を好きにさせてくれるのならいいですよ」

 どうにか来てほしい村人たちは、若者の出した条件を、二つ返事で受け入れた。



 もともと頭がよいうえに、都で学んできた若者は、実に合理的に動いた。

「前の住職の一件は、以前に置かれていた仏様のたたりです。また、俗世で高い価値のあるものを、寺に置いておかれるのは、修行の妨げです」

 帰郷した若者は、一緒に連れて来た商人に、例の仏像を高値で売り払い、その金で寺を修理した。

 前の仏像が納戸から取り出され、ふたたび、仏間へ安置された。



 金が余ったので、若者は、「仏様のお告げ」と称し、都で得た知識と人脈を活用して、村に新しい水路を引いた。

 結果、百姓の作業が楽になり、また、村の耕作地が増えた。


 収穫が増えれば、村人の収入も増える。

 当然、その一部は寺へ寄進された。


 村人たちは若者に深く感謝した。

 その結果、村での若者の発言力が増した。



 寄進された金を、若者は都の知り合いに高利で貸し出し、金を貯めた。

 そして、都から腕のよい職人を呼び、寺の横に、見ごたえのある庭園を造らせた。

「洗練された都の流行は、いなかの人にはわかりませんから、できるだけ派手にしてください。金はいくらかかっても構いません」


 庭を目当てに、遠くからも、見物客が訪れるようになると、商人たちが、門前に店を出し始めた。

 若者は商人たちに、毎月決まった額を、寺へ納めさせた。



 人が集まればいざこざも増える。

 そのため、耕す田畑のない次男三男を近隣から集め、警固を任せた。


 都から招いた武道の達人の指導のもと、彼らに厳しい訓練を課したので、盗賊や野武士だけでなく、その地の領主すら、寺には手が出せなくなった。



 ある時、村と少しだけ縁のある、有名な歌人が亡くなったので、都の遺族に大金を積み、寺に墓を造らせ、その隣に、和歌を刻んだ石碑を置いた。

 これがさらに人を集めた。



 新しい住職は次々に妙案を考え出し、村人を駆り立て、実行していった。

 住職が年を取ったころになると、村は、広く知られた門前町に変じていた。

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