ルシールのすべて

 王国の東の端に鹿追苑しかおいのそのという離宮があり、ひとりの若い庭師が働いていた。

 名をルシールと言い、離宮の庭師を生業なりわいとしていた。


 鹿追苑の名前だが、鹿は権力を指し、その鹿を追い払った場所、世捨て人が住むところという意味であった。

 もともとは隠居したある王の避暑地として建てられた離宮は、建物は黒色に、植えられている花は白色に統一されていた。

 それは王の愛妾の指示によるものだった。


 毎年初夏になると離宮で咲き誇るのは『死』という名の花である。

 ルシールと同じく庭師をしていた祖父の代に南国からもたらされた花だった。

 当時の王令により各地に植えられたが、根付いたのは鹿追苑だけであった。

 バラに似た小ぶりの花が咲くが、棘はない。

 名の由来は王室お抱えの学者にもわからなかった。


 鹿追苑は王宮から離れた場所にあり、また、離宮は他にいくらでもあったので、めったに王が訪れることはなかった。

 しかし、離宮で働く者たちはいつ王が訪れてもよいように、毎日の手入れをかかさなかった。

 なぜなら、とつぜん王が現れて管理の手抜きのために不興をこうむれば、職を失うだけではすまされなかったからだ。

 いまの王は優しい方との話であったが、王の取り巻きのほうはわからなかった。

 


 ルシールは仕事の手があくと、たいてい、お気に入りの場所であるクルクル池で時間をつぶした。


 王国が強勢であったころ、まわりの国々は競って王に美女をよこした。

 しかしながら時の王は同性愛者で女に興味がなかったので、女たちの多くはこの離宮に送られて一生を過ごした。

 その中に北の草原からやってきた娘がおり、ある日、池の前で開かれた茶会の席で生国の衣装をまとって故郷の踊りをろうした。

 観衆の声援に気をよくしたのか、彼女は体をクルクルと回して踊っているうちに、そのまま池に落ちてしまった。

 そして、そのまま浮いてこなかった。


 外交問題になるのを恐れた王国は、池の水を抜いて遺体を探したが見つからずじまいだった。

 ちなみに池の底には、むかし王国で信じられていた、古い宗教の神像が幾柱も捨てられていた。



 年中、朝から晩まで鹿追苑から離れなかったルシールは、世の中のことに疎かったが、王国がうまくいっていないことは同僚の話から知っていた。

 たしかにルシールの給金は下がるばかりで、逆に物価は上がる一方であった。

 ルシールにとって生活の苦しさはどうでもよかったが、離宮が廃されて、庭の世話ができなくなることを考えると、不安で夜も眠れなかった。



 ある日の昼過ぎ、ルシールがクルクル池で昼寝をしていると、花を踏みにじりながら見なれない兵士たちが近づいてきた。

 その中の二人は大きな麻袋を担いでいた。

 どうやら、それを池に投げ入れるようであった。

 隊長と思われる男に、ルシールが抗議をすると、怒声と共になぐられた。

 気を失うルシールの耳に、池へ麻袋が投げ込まれる音がした。



 革命が成功して、王国は廃され、共和国が誕生した。

 国王をふくめて多くの者が処刑された。

 鹿追苑にも役人がやってきて、働く者たちの思想調査が行われた。

 よくわからなかったが、同僚から教えてもらったとおりにルシールが答えたところ、問題なしとされた。


 先日、鹿追苑を襲った兵士たちは国王派で、同僚の証言によりルシールは彼らに立ち向かった、勇敢な男ということになった。


 兵士たちがクルクル池に投げ込んだ麻袋には、革命派幹部の遺体が入っていたので、池の底を確かめることになった。

 役人の指示でルシールが池の水を抜くと、青銅製の神像にまぎれて、遺体がひとつ見つかった。

 しかし、それは革命派幹部の遺体ではなく、見慣れぬ衣装をまとった、若い女のものだった。



 その後、鹿追苑は公園となり、ルシールは管理人に収まった。

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