第9話 さよならジュディア
「こっちだよ」
「こっちだよ」
「もう少し先だよ」
「こっちだよ」
「もう騙されないわよ」
男の子を先頭に、その子の両腕を左右から、ゾンビの中でも特に屈強な二体で掴んで、その後ろにわたし。
わたしの後ろに、ゾンビの大群。
わたしの歩く速度に合わせての、ゆっくりとしたパレードは、わたしの右側に町並み、左側に森や畑を眺めて、町の外周をぐるりと巡って、もとのところに戻ってきた。
わたしは怒って目を釣り上げて男の子を睨みつけた。
そりゃあわたしは
月は西にもうすぐ沈む。
「道に迷っただけだよ! スリサズさんはあっちだよ!」
男の子は畑のほうを指差した。
刈り入れられることなく野生動物に食い荒らされた麦畑。
真ん中辺りまで来ても、スリサズちゃんの影すら見えない。
「スリサズちゃんは?」
「その辺に隠れているはずだよ」
「ウソをつくのは悪いことよ?」
「本当だよ! 隠れて休んでいるんだよ!」
鳥が鳴いた。
わたしが
一日中続く夜のような闇の中で、ほそぼそと生き抜いてきた鳥が。
……朝を……告げる……
日が昇る。
ここは広大な麦畑の真ん中で、日差しから身を隠せる場所なんてない。
とっさにゾンビを並べて壁を作って、一時的に日差しを防いでも、ゾンビはバタバタと倒れていく。
だけど時間は稼げたわ。
わたしは両手を天にかかげて、落ち葉のドームの再形成を始めた。
地に落ちた木の葉を、再び空へと舞い上げる。
存在しないガラスのドームに貼りつくように、空を少しずつ覆っていく。
一気に全部は包めない。
下から。
少しずつ。
木の葉の壁が広がっていく。
大丈夫。
間に合うわ。
ゾンビはもうほとんど倒れちゃったし、どさくさに紛れて男の子も居なくなってしまったけど。
陽光で肌が焦げる。
少しぐらいなら平気よ。
生きていたころからろくに日に当たったことのなかった肌。
メイドさんが言うにはすごく綺麗だったらしいけど、誰に自慢できるわけでもなかった。
……スリサズちゃん、出てきてくれないなぁ。
もう、わたしなんか見捨ててお家に帰っちゃったのかなぁ。
寂しいなぁ。
ゾンビももう、使い物にならないしなぁ。
もともと臭いし汚いし、好きじゃなかったから別にいいかな……
となり町へは、このまま一人で行こうかな。
次の夜が来るまで待って、一人で行くしかないのかな……
枯れ葉のドームが半分ぐらいまで出来上がったところで、東の果てに、光が見えた。
燃えているの……?
どうして!?
だって、イールさんの魔法陣の力で、炎は封じられているはずなのに!!
出来かけのドームの向こうに何かが見える。
あれはレンズ?
巨大なレンズ!
それが空に浮いてるわ!
魔法? 魔法ね!
スリサズちゃんが魔法で作った、氷で出来たレンズなのね!!
レンズが集めた陽光が、枯れ葉に火を点け、燃やしてる。
イールさんの魔法陣では、太陽の力は防げないのね。
レンズが、ぐにゃりとした。
焦点が変わって、わたしの心臓に合わさった。
背中を向けて逃げようとしたけれど、背中越しでもじゅうぶんだった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
わたしの胸から煙が上がる。
気がつくと、目の前にスリサズちゃんが立っていた。
男の子が言っていたのは本当で、枯れて倒れた麦わらの山の下に隠れていたのね。
確かにこれだけの力を使うのにはしっかりと休息が必要そうよね。
男の子はスリサズちゃんに協力して、わたしを誘い出すために、わざとわたしに捕まったのね。
「スリサズちゃん……すごいわ……こんな力があったのね……」
「故郷で覚えてきたの。強すぎるんで、十五歳になるまでは使っちゃいけないやつ。
ジュディアに見せて、びっくりさせたいって思ってた。
……でも……ジュディアに使うことになるなんて思ってなかった……」
「嬉しいな……スリサズちゃん、故郷でもわたしのことを考えてくれていたんだ……」
「当然でしょ!?」
スリサズちゃんがわたしを抱きしめた。
わたしの全身が白い炎に包まれて、煙と瘴気が噴き出しても、スリサズちゃんはわたしを離さなかった。
「さよならジュディア。……おやすみ……」
「……うん……さよなら……」
良かった。
ちゃんと言えた。
去年さよならしたときは、わたし、歳上なのに駄々をこねて泣いちゃって、さよならって言えなかったの。
わたしの体は崩れ落ち、灰になって風に散った。
枯れ葉のドームは燃え尽きて、黒い煤がスリサズちゃんの柔らかなほほに張りつき、涙で解けて流れていった。
朝日はどこまでも輝いて、小鳥たちが高らかに歌った。
さよならジュディア ヤミヲミルメ @yamiwomirume
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