第8話 スリサズちゃんはどこかしら?

 スリサズちゃんは小柄な体を活かして、枯れた生け垣をくぐり抜けたりしながら、素早く器用に逃げ回る。

 おいしそうな、小ウサギちゃん。

 わたしはゾンビを操って、右へ左へ、路を群れで埋めて塞いで、スリサズちゃんを追い詰める。


 ゾンビの中には足の早い個体と遅い個体が居て、生前の体力に加えて、体の腐り具合も影響しているみたい。

 数で圧倒してうまく取り囲んだと思っても、どうしても隊列が乱れてしまって、スリサズちゃんはそこに魔法の吹雪をぶつけて強行突破する。


「追って!」

 本当は念を送るだけでいいのだけれど、なんとなく声でも指示をしてみる。

 わたし自身は足が遅くて、鬼ごっこに全面的には参加できなくて、うーん、何だかちょっとつまらないわ。



 近道しようと路地裏に入る。

 わたしが吸血鬼ヴァンパイアになってから一ヶ月近く、誰も通らなかった路。

 もとから捨てられていたゴミが、ひどいニオイを放ってる。

 せまくて暗くて汚れた壁には、きっと不良の仕業よね、あまり上手ではない悪魔の絵が、炭で落書きされていた。


 不良なんかもう一人も残っていないんだって、わかっていても、ちょっぴり怖い。

 生きてる人が居るころだったら、こんな路、危なくて近づけなかったわ。

 そんなことを考えながら歩いていたら、生きている男性と鉢合わせした。


 驚いて思わず叫んでしまったけれど、相手も怯えてた。

 不良じゃないわ。

 相手は小さな男の子。

 さっきの子よ。

 あれからずっとこの路地に隠れていたのかしら?

 そうよね。子どもの足で、暗い夜道で、そんなにすぐに町の外まで逃げられるわけないわよね。


 男の子はわたしを突き飛ばして走り出した。

 けれど路地から飛び出したところで、ゾンビの群れが男の子を取り押さえた。

「食べちゃダメ!」

 わたしは慌てて念を送ってゾンビを止めた。


 その子をわたしたちの仲間にしちゃったら……


 スリサズちゃんに……


 スリサズちゃんは、その子を助けようとしてたんだものっ。


 わたしたちがその子を噛んだりしたら……


 スリサズちゃんへの人質として使えなくなっちゃうじゃないっ。

 わたしはこんな薄汚れた貧乏そうなちびっ子の血より、愛らしいスリサズちゃんの血を吸いたいのっ!




「ねーえ、キミ、人質の上手な使い方ってわかる?」

 男の子は怯えきった表情で首を横に振った。

「わたしもあんまり詳しくないの」


 たぶんまずはスリサズちゃんに、人質が居るって伝えるのが一番大事なのよね?

 でもどうやって伝えたらいいのかしら?

 人質が居るぞー! って叫んでも、わたしが言ってるだけじゃスリサズちゃんに信じてもらえないかもしれないし、わたし、大きな声を出すのは得意じゃないし。

 ゾンビたちは、うめき声しか出せないし。

 ここはやっぱり人質本人に言ってもらうのが確実よねっ。


 わたしは男の子にズイッと顔を近づけた。

「ねえ。叫んで。人質になってますって」

「ひっ……ひっ……」

「ダメ?」

「ひっ……ひとっ……ひとっ……」

 ダメみたいね。

 引きつった声を漏らしてるだけ。


「思い出したわ! こういうときは、痛くすればいいんだわ!」

 わたしは男の子のひたいに人差し指を添えてみた。

「頭を潰したら声を出せなくなっちゃうのよね」

 指先で男の子の体をなぞる。

「同じ理由で喉もダメ」

 だからそこから遠い、つま先から。


 路地は汚くて、しゃがんで服が汚れるのは嫌だから、地面から木を生やす。

 簡単よ。ちょっと強めに念じるだけで、街路樹なんていくらでも生やせるわ。

 枝で男の子の胴体を絡め取って、幹を伸ばして釣り上げて、男の子のつま先がわたしの顔の高さの見えやすい位置に来るようにする。

 もちろん蹴飛ばされないように、男の子の足には枝をガッチリと絡みつけて押さえてるわよ。

 硬い枝だけど、蔓みたいに良く曲がるの。

 うん。足を潰せば万一のときも逃げられる心配がなくなって一石二鳥ね。

 わたしって天才!

 そうだわ! 高いところからならきっと、声も遠くまで届くはずだわ!


 わたしがポンっと手をたたくと、それだけで木はあっという間に周りの民家の何倍もの高さに伸びた。

 ああ、でも、高さを出した分、細くなって、男の子の体重で今にも折れそう。

 あの高さから落としたら死んじゃうかしら?

 でも死ななかった場合には、めちゃくちゃ痛くて、きっとそうとう大きな声で泣いてくれるわよね?

 試してみる価値、あるかしら?


 満月は天の頂の近くまで昇り、男の子のちょうど真後ろから煌々と照らしている。

「スリサズって人の居場所、ボク、知ってるよ! 教えるから下ろして!」

 秋の深夜。

 男の子の叫びが、冷たい星空に響き渡った。

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