第6話 スリサズちゃん……どうして……?

 スリサズちゃんが構えた杖から噴き出したのは、真っ白な霧。

 それが辺りの景色を包む。

 霧が晴れるとスリサズちゃんは居なくなっていた。

 スリサズちゃん……もしかして……

 わたしを攻撃するの、ためらってる?

 だってさっきも、木の根は一撃で粉々にしてたけど、わたしの手に当てる分は手加減してたものね?

 優しいのね、スリサズちゃん。

 旅先で組んだ未熟な冒険者が魔物に情をかけたせいでチーム丸ごと全滅しかけた話、わたしに聴かせてくれたのはスリサズちゃんなのにね。


 吸血鬼ヴァンパイアの目をかわした氷の魔女は、教会の建つ丘の道をまっすぐに駆け上っていった。

 バンッと大きな音を立てて扉を開ける。

 教会の聖堂には、吸血樹ヴァンパイア・ウッドを素材にした棺が横たわっている。

 氷の魔女は魔法の力で巨大な氷のオノを作り出し、棺を十字に切り裂いた。


 棺の最後の抵抗で、棺から木の幹が生えて、巨大な馬上槍ランスを突き上げるように教会の天井を突き破る。

 降ってくる瓦礫を氷の魔女は、氷のシールドで防ぐ。

 わたしは戸口に立ち尽くしてそれを見ていた。

 幹がこちらに倒れてきても、わたしは動けなかった。


「アイス・ストーム!」

 スリサズちゃんが撃ち出した無数の氷のつぶてが、幹の槍を粉々に打ち砕いた。

吸血樹ヴァンパイア・ウッド! あんたにジュディアは傷つけさせないわ! たとえジュディアが死体でもね!」



 天井の崩落が収まるのを待って、スリサズちゃんは自分を守るシールドを消した。

 見上げれば、穴とかじゃなく完全に屋根を失った聖堂に、はらり、はらりと枯れ葉が舞い落ちてきた。

 日除けのドームが崩れ始めている。


「どうして?」

 わたしは蚊の鳴くような声で尋ねた。


「……故郷のほうで用事があってね。それが終わってまた旅に出ようってときに、ジュディアのパパから手紙が届いたのよ。ジュディアのさ、お葬式には間に合わなくても、せめて花を供えに来てほしいってさ」

 スリサズちゃんはうつむいて、悔しそうに奥歯を噛んだ。


「どうして?」

 ドームから木の葉が舞い落ちる。


「あたしだってジュディアを死なせたくなんかないッ! だけどッ! もうとっくに死んでるんだもんッ! どうしようもないじゃないッ!」

 ツバが飛ぶほどの勢いで叫ぶ。


「だけど……」

 わたしの頭上で木の葉が聖堂の中に舞い込む。


「この町に来る途中の町で、逃げてきた人たちから、あんたが何をしたのか聞いた! あんたの正体が、あたしが倒した吸血樹ヴァンパイア・ウッドなのも知ってる!」

 魔法の杖をにぎる拳が震えてる。


「でも……」

 木の葉がわたしたち二人の間で風に踊る。


「ジュディアの声と姿であたしに話しかけないで!! さっきあんたが男の子を襲ってるのを見て確信した!! ジュディアの魂はもうここには居ない!! 吸血樹ヴァンパイア・ウッドがジュディアの死体を操っているだけだ!! 吸血樹ヴァンパイア・ウッドのくせに!!」 

 両の目じりで雫が光る。


「スリサズちゃ……」

 二枚、三枚。

 木の葉が次々、入り込んでくる。


「あんたがあたしの名前を呼ぶな!! ジュディアの顔と名前を乗っ取って、これ以上悪いことなんてさせない!! ジュディアは優しいお姉ちゃんだったんだから!! 虫も殺せないような人だったんだから!! こんな……こんな吸血鬼ヴァンパイアなんかじゃ!! 人を襲って死ぬまで血を吸うような人なんかじゃ……!!」

 涙の粒が、ポロポロ、ポロポロ。

 ほっぺたを伝ってこぼれ落ちる。


「どうして……」

 最初の木の葉が、床に落ちた。


「本当のジュディアに……もう一度、逢いたかった……本物のジュディアに……ちゃんとさよならを言いたかった……」


 スリサズちゃん……あのね、そうじゃなくて……わたしが訊きたいのは……

「どうしてそんな、もう意味のなくなった棺を壊したりなんかしたの?」

 ってことなんだけどな。



 木の葉が降りしきる。

 スリサズちゃんは、木製の棺がわたしの本体だって思っていたみたい。

 わたしのこの肉体を、吸血樹ヴァンパイア・ウッドに操られているだけのお人形だと考えてたのね。

 主導権なんてとっくにわたしが奪っちゃっているのにな。


 スリサズちゃんの、可愛らしいつぶらな目が、驚愕に見開かれる。

 後ずさりして、踏まれた木の葉がクシャッと鳴った。

 そうよ。棺を壊したところで、終わりになんてならないの。

 枯れ葉のドームが崩れ去って月光が射し込む。

 満月が昇った。

 わたしの肩越し、教会の戸口越しに、庭の様子をスリサズちゃんは見てるのね。

 町のみんなが集まってきてる。

 わたしの口に、あるいは木の根に、血を吸われた屍たちが、目覚め、動き出す時間になったのよ。

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