第5話 再会 〜月の出の前に〜

 相変わらずの秋空は、枯れ葉のドームの向こう側。

 それでも満月が昇るまであと数時間しかないってことは、吸血樹ヴァンパイア・ウッドの力で感じ取れる。

 わたしが町から離れられないのは、吸血樹ヴァンパイア・ウッドがそうさせているから。

 棺から遠ざかると吸血樹ヴァンパイア・ウッドの力が届かなくなってしまうの。

 イールさんのお部屋で調べものをしてから、わたし、いろいろわかるようになったの。

 感じ取れるのよ。

 吸血鬼ヴァンパイアの仲間が増えれば、吸血樹ヴァンパイア・ウッドの力が強まって、届く範囲が広がって、となりの町までみんなでランチに行けるようになるの。

 いよいよ今夜、日が沈んで月が昇ればそうなるの。


 楽しみすぎて、時間つぶしに、わたしはいつものコースで町の中をお散歩していた。

 お気に入りの建物を巡って、人が居なくなった家々に虫が湧いて朽ちていく様子を眺めるの。

 寒さが厳しくなってきたから、森の中は静かなものよ。

 リスさんは、雪が降る前の最後の支度を終えられたかしら?

 クマさんは満腹になったみたい。

 いったい何を食べたのかしらね?


 いつも同じところばかり通って、ほかの人の靴跡が風雨で消えて、わたしの靴跡だけが新しく刻まれるから、わたしの通り道が一目でわかって、わたしを襲撃したい人にはすごく都合のいいことになっちゃってたのね。

 角を曲がったところで、わたしは足を止めて目を丸くした。

 道の真ん中に、掃き集めたみたいに枯れ葉が固まっていたの。

 こんなことってあるかしら?

 枯れ葉とは、空に浮いて日除けのドームを形成するもので、地面に落ちるはずがないのに。


 わたしはそっとそこに近づいた。

 枯れ葉の模様の布が、立体感が出るようにクシャクシャになって落ちているだけだった。

 風で飛ばされてきたのかしら?

 でも、どこから?

 違うわね。

 誰かがわたしへのオトリとして、わざとここに置いたのね。

 背後から、誰かがわたしに飛びかかってきた。


 小さな手が、わたしの首に、聖印の首飾りを巻きつけた。

「パパとママと神父さま・・・・のカタキだ!」

 首飾りの鎖で締め上げる。

 小さくても元気いっぱいの男の子。

 わたしなんかよりもずっと腕力があって、鎖が首に食い込んでくる。

 そうそう。神父さま。何組目かの冒険者さんたちと一緒に戻ってらしたのよね。

 勇敢に戦っていらしたわ。

 でも、魔力は薄っすらとしか持っていなくて、普通の人とあんまり変わらなくって、味としてはちょっと物足りなかったわね。


 やだ、びっくり。

 聖印って本当に効果があるのね。

 わたし、全身から力が抜けて、抵抗できないわ。

 首が焼けるように熱い。

 だけど燃えてるわけじゃあないわ。

 この町の中と近くの森では、炎は魔法のものでも自然のものでも、イールさんの魔法陣で封じられているんだもの。


 銀の鎖が首の肉にズブズブと食い込んでくる。

 血は出ていないわ。

 代わりに、瘴気? っていうの?

 黒い霧のようなものが、首の切れ目から吹き出してくる。

 すごいわ。骨まで切れる。

 関節の間を切ったのかしら?

 わたしの首が、ボトリと落ちた。


 落ちた勢いで地面を三回転ほど転がって、止まる。

 見上げると小さな男の子が、ぜーはーぜーはー、荒い息をしながらわたしを睨みつけていた。

 手にはしっかりと聖印の首飾りをにぎってる。

 この子、見覚えがあるわ。

 わたしが吸血鬼ヴァンパイアになった最初の日に出逢った子ね。

 食べそこなったもののことって、意外と覚えてるものなのよね。


 男の子のかたわらで、わたしの胴体が力なく地面に膝をついている。

 土でスカートが汚れてしまった。

 聖印は男の子の手の中。

 つまり聖印はわたしの首からも胴体からも離れているのに、男の子はもうわたしをやっつけ終わったつもりで油断している。


 わたしの胴体がいきなり動いて、不意打ちで男の子を組み伏せて、男の子はわたしの首のそばに倒れた。

 視線が合う。

 わたしはニコッと笑ってみせた。

 男の子は怯えきった顔で必死で腕を振るって、わたしの頭を弾き飛ばした。

「きゃあ!」

 痛いわ。ひどいわ。

 だけどわたしの腕がわたしの髪の毛を掴んで、遠くへ転がる前に引き止める。

 あんっ。髪が引っ張られるのも痛いわっ。

 わたしの胴体は男の子に馬乗りになり、両足と右腕で男の子を押さえつけつつ、左手でわたしの首を手繰り寄せた。

 男の子は、逃げられない。

 地面から生え出た木の根っこが、男の子の手足に絡みついているから。

 首を持つ手が男の子に近づく。

「いただきまーす」




 冷たく光る何かが飛んできて、わたしの手の甲を弾いて、首を落っことしてしまった。

 ころころ転がり、ぐるぐる回る視界の中に、スリサズちゃんの姿が見えた。

 今のは幻?

 もっと良く見せて!

 でも転がりが止まらなくて視界から外れる。

 次に見えたのは、氷の矢が男の子を捕らえる木の根に当たって、氷漬けにして粉砕する瞬間。

 木の根の拘束を解かれた男の子は、わたしの胴体を突き飛ばして逃げていった。


 わたしの胴体がわたしの首を拾って、まっすぐにスリサズちゃんに向けさせる。

「スリサズちゃん……また少し背が伸びたのね」

 最後に逢ってから丸々一年経ったから、今は十五歳なのね。

 旅慣れた丈夫そうなローブ姿。

 お屋敷に居るときは、パパの手前、わたしのお下がりのサマードレスで小奇麗にしてたけど、冒険者らしいキリッとした服装のほうがスリサズちゃんに似合ってる。

 ああ、だけどスリサズちゃんは、はにかんだ笑顔が可愛い女の子なのに、これまでわたしに見せたことのないような怖い顔でわたしを睨んでる。


「見せたくないところを見られちゃった……」

 これじゃスリサズちゃんが怒るのも無理はないわ。

 わたしはペロッと舌を出した。

「大口を開けて、みっともなかったわね。ごめんなさい」

「……ジュディア……」

 うん。

 久しぶりに名前を呼ばれたな。

 スリサズちゃんの声で聞くわたしの名前って、やっぱりいいな。


 スリサズちゃんが、杖の先端をわたしに向けた。

 そっか、スリサズちゃん、前に吸血樹ヴァンパイア・ウッドを倒したって、自慢していたぐらいだものね。

 スリサズちゃんにとって吸血鬼ヴァンパイアは、戦ってやっつける相手なのよね。

 吸血鬼ヴァンパイアを倒すのは、冒険者の宿命。

 人間を襲うのも吸血鬼ヴァンパイアの宿命。

 宿命と宿命。

 何だか運命を感じちゃうわねっ。

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