第3話 秋色ヴァンパイア・ライフ

 森の中。

 目の前で、というには距離があるのだけれど、枯れ葉が舞い上がるのが見える。

 暗いからわかりづらいけど、きっと鮮やかな赤や黄色なのよね。

 風なんて吹いていないわ。

 わたしが進もうとする方向で、枯れ葉がまるで天に召されるみたいに、地面にあるものは地面から浮き上がって、枝にあるものは枝から引き剥がされて、空へと上昇していくの。

 わたしの足取りに合わせて、まるでわたしから逃げるみたいに。

 でも、そうじゃないのよね。

 吸血鬼ヴァンパイアになったわたしを、太陽から守るためのドームを作ってくれてるのよね。


 歩き続けているうちに、小屋にたどり着いたの。

 本で読んだことがあるわ。

 小屋のそばにあるのは炭焼き窯よね?

 ここで炭焼き職人さんが、冬に備えて炭を作っているのよね?

 だけど煙は上がっていないわ。

 ああ、あの人が職人さんね。

 道を訊いてみましょう。

 職人さんの足もとに、折れたマッチが散らばっているわ。

 うまく火が点かないみたい。

 木を切って、窯に運んで、夜通し炎を見張るんでしょう?

 あんなおじいさんなのに大変そう。

 あの人の血じゃあ、あんまりおいしくなさそうだけど、贅沢を言っちゃいけないわね。


 喉がうるおって、ほんわかした気持ちになって、森を進む。

 道なき道を、木々の間をくぐって、根っこを乗り越えて。

 まっすぐ進もうとして、目の前の木を右にかわして、左にかわして、また左、右、左、左……

 さっきの炭焼き職人さんの遺体があった。

 迷って戻ってきてしまったんだわ。



 それから何度試してもダメだった。

 落ち葉のドームはわたしの動きに合わせて、ある程度までは広がるの。

 けれどそれを過ぎて、わたしがドームの端っこに近づきそうになると、路を歪ませて迷わせるの。



 そうしてそのまま何日か経った。

 空気は涼しく、寒いほどじゃなく、まだまだ秋。

 たまに現れる猟師さんや行商人さんで喉の乾きを癒やす。

 そんな日々を破って、久しぶりにたくさんの人が現れたの。

 皮の鎧で身を固めた、不ぞろいな冒険者さんの一団よ。

 どうしよう。

 今までの“ワイン”は一本ずつ現れていたし、わたしがいかにも弱そうな姿をしているから勝手に油断してくれていたのに。

 こんなに大勢で、しかも敵意をむき出しにして何かを叫んでいるわ。

 まあ、神父さまが町の子どもたち数人を連れて、隣町へ逃れておられたのね。

 それ以外は大人も子どもも全滅。

 神父さまの報告を受けて、吸血鬼ヴァンパイアの討伐隊が組織されたのね。

 ならきっと、わたしと逢ったあの男の子も、神父さまと一緒に行ってしまったのね。

 とってもおいしそうな子だったのに、ちょっと残念。


 皮鎧の冒険者さんたちが、ぐるりとわたしを取り囲んだ。

 みんな武器を構えているわ。

 剣とか斧とか弓矢とか。

 あら、でも、すぐに切りかかってくるわけではないのね。

 リーダーらしい人が歩み出てきたわ。

 ローブ姿のおじいさん。

 杖の先端をわたしに向けて、呪文を唱える。


「炎よ!」

 おじいさんの声が響いて、杖の先が光った。

 けれど、それっきり。

 これって、杖の先から炎が出るはずだったってことよね?

 ほかの冒険者さんたちの緊張が高まる。

 何だかわからないけれど、今のでわたしが化け物かどうか試してたみたい。


 おじいさんの合図で総攻撃開始。

 だけど冒険者さんの剣の切っ先は、一番早いものですら、わたしには届かなかった。

 だっていきなり地面から木の槍が生えて、皮の鎧を突き破って、冒険者さんたちの胴体を貫いたんだもの。

 わたしだってびっくりしてるのに、冒険者さんたちの恨みの声はわたしに向いていた。

 わたしがやったわけじゃないのに、ひどいわ。

 皮鎧の冒険者さんは全滅。

 槍を避けられたのは、おじいさん一人だけ。

 それはつまりこのおじいさんが、ただ年上だからリーダーをしているのではなく、本当にこの中で一番強いっていうこと。

 わたしは逃げ出した。

 おじいさんは落ち着いた足取りで追ってきた。

 走る。走る。必死に走る。

 わたしはただ、走っても息切れしなくなっただけで、足が早くなったわけではないのに、ああ、このままではすぐに追いつかれてしまうわ。


 白い光の筋がわたしを追い抜いた。

 遠くの木々が照らし出されて、綺麗、なんて思ってしまう。

 空がパッと明るくなって、枯れ葉のドームが鮮やかに映る。

 光はわたしのそばをかすめただけで、当たったわけでもないのに、わたしはショックで倒れてしまった。

 全身がびりびりする。

 おじいさんが近づいてくる。

 突然、大木が倒れておじいさんに襲いかかったのだけれど、おじいさんは顔色一つ変えずにひらりと回避した。

 さすが、冒険者ってすばしっこいのね。

 スリサズちゃんもそうだったもの。


 木が次々と倒れて積み重なって、ログハウスの壁みたいになって、わたしとおじいさんの間をさえぎる。

 わたしは体がしびれて動けないでいる。

 おじいさんが、魔法で壁に大穴を開けてこちらへくぐってくる。

 わたしはもう、そこには居ない。

 わたし、知ってるわ。

 これって“マヒ耐性”っていうのよね?

 スリサズちゃんが言っていたもの。

 不知死の魔物アンデッド・モンスターにはマヒが効かないモノが多いって。



 倒れた木が起き上がって、おじいさんに狙いを定めて、また倒れた。

 おじいさんはそれを電撃で吹き飛ばした。

 やっぱり電撃って何度見ても綺麗。

 大木だったものが粉々に吹き飛んで散っていくさまも綺麗。

 わたしは木のうろにもぐり込んで隠れているから、見えたのはこっちに飛んできた分のほんのちょっとだけだけど、それでも綺麗。


 おじいさんはわたしを探して、近くの木に手当たり次第に雷を撃ち込んでいく。

 雷を打ち込まれた木は、縦に真っ二つに裂ける。

 わたしを隠す木が、根っこを地面から引き抜いて、歩いて逃げ出した。

 周りの木も同じような動きをして、おじいさんを惑わす。

 木の根が地面をたたいて、わたしの小さな靴音を偽装する。

 おじいさんは、うまく引っかかってくれて、そちらを追っていった。


 わたしはもうしばらく木のうろに隠れたまんま、ここからでも見える範囲を見渡した。

 皮鎧の冒険者さんたちは、痙攣もおさまって、ぴくりとも動かなくなっていた。

 おじいさん、お友だちいっぱいで、うらやましいなあ。

 そういえばスリサズちゃんが言ってたっけ。

 吸血鬼ヴァンパイアに噛まれて死んだものは、次の満月の夜に、よみがえって吸血鬼ヴァンパイアになるって。

 良かった。それならわたし、誰も殺していないわね。

 よみがえった人は、自分の意志を持たないゾンビみたいになっちゃうらしいけど、死んでないならいいわよね?

 パパだってわたしに、生きてさえいてくれればいいって言ってたもの。

 わたしが病死する直前にだけど。

 あーあ。どうせならもっと早く言ってほしかったな。

 わたし、自分がパパの自慢になるような娘じゃないことに、けっこうプレッシャー受けてたんだからね。


 そういえば、わたしが死んだのは、満月を少し過ぎた夜だったわ。

 最後に見た満月がとても綺麗だったのを今も覚えてる。

 次の満月はもう少し先かしら?

 そうしたら、みんなよみがえって、町はもと通りね?

 みんなゾンビだけど、問題ないわよね?


 ああ、でも、困るわ。

 町中みんなが吸血鬼ヴァンパイアになって、人間じゃなくなっちゃったら、誰の血を吸ったらいいの?

 隣町を襲えばいいのかしら?

 もとの町と同じくらいの規模の町に、みんなで一斉に押しかけて、吸血鬼ヴァンパイア一人につき人間一人ずつを襲うの。

 みんなで行くの。

 きっと楽しいわ。

 わたしはひとりぼっちじゃなくなるの。

 そうして隣町の人も吸血鬼ヴァンパイアになって、倍の人数になって、次は倍の規模の町を襲うの。


 そうそう。あのおじいさんも仲間にしてあげなくちゃ。

 仲間はずれって悲しいもの。

 わたしはそれを、よーく知っているんだもの。



 おじいさんの攻撃魔法の音が、ずいぶん遠く聞こえる。

 もう大丈夫よね?

 わたしは木のうろから這い出した。

 おじいさんはわたしの背後に居た。

 杖の先端がわたしの髪をさっと掻き分け、そのままうなじに突きつけられた。

「お前と同じ手を使わせてもらったぞ」

 雷の音はまだ遠くのほうで鳴り続けてる。

 こんな魔法もあるのね。

 これはスリサズちゃんは言ってなかったな。

 スリサズちゃんが得意なのは氷の魔法だからかな?


 周囲の木々は、立ったまま細かくピリピリと震えていて、しびれさせられて動けないでいるみたい。

 おじいさんが魔法を放った。

 至近距離からの攻撃。

 だけど、わたしには当たらない。

 近くの木の幹が避雷針になって雷を吸い取って、何が起きたかおじいさんが気づくより早く、おじいさんの靴底を木の根の槍で貫いて……

 おじいさんの電撃を、おじいさんへ流した。

 雷のフラッシュが森の景色を照らし出す。

 おじいさんは、焦げたニオイを漂わせて、落ち葉一つない地面に倒れた。


 ふうん。

 雷の魔法が使えるからって、電気に耐性があるわけじゃあないのね。

 それじゃあスリサズちゃんも、氷の魔女でも寒いのはダメだったりするのかしら?

 スリサズちゃん、自分の苦手の話はあんまりしてくれなかったなぁ。

 わたしは気絶したおじいさんのかたわらにひざまずいて、わたしの長い髪がおじいさんの顔にかからないように手で押さえながら、おじいさんの首筋に噛みついた。


 へえ。同じお年寄りでも、炭焼き職人さんとは違うのね。


 魔力の味なのかしら?


 これはこれで。


 珍味っていうのかしら?


 うん。おじいさんの血を吸えて良かったわ。

 ほかの冒険者さんの血は、全部、木の槍に吸われてしまったんだもの。

 これってスリサズちゃんが言っていた吸血樹ヴァンパイア・ウッドなのよね?

 森の木が動いていたのは、吸血樹ヴァンパイア・ウッドが操っていたのよね?

 わたしが吸血鬼ヴァンパイアになったのは、きっと吸血樹ヴァンパイア・ウッドのおかげ。

 吸血樹ヴァンパイア・ウッドの“せい”なんて言い方はしないわ。

 わたし、今の暮らしを楽しんでるもの。

 お屋敷から出られずにいたころは、屋外でのお食事がこんなにおいしいなんて想像できなかったわ。

 それにしても……冒険者さんによる討伐隊かあ……

 スリサズちゃんも来てくれたらいいのになっ。

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