第2話 山奥の実家

コン コン コン。

 私が、マウスをアイコンの上に持って行くとドアが3回叩かれ物音が鳴る。モニターから視線を逸らすことなく、一瞬固まった手を、再び動かしてゲームを起動する。

「紫普ちゃん。朝ご飯、ここ置いとくからね」

 優しく温かみのある声で、話しかける。しかしそれに返事をすることなく。私はだんまりを決め込む。

「それじゃあ、ばあちゃんは、集まりがあるから、留守にするからね」

 そういうと、階段をゆっくり降りて行く。完全に音が聞こえなくなった後に、私はドアの目の前に置かれた朝ご飯を、さっと受け取って、自分の机の上に運ぶ。

「……そうだ。10時頃になったら、お風呂に入ろう」

 そう呟きプレートにのせられた、まだじんわりと暖かいご飯を手に付け、起動されたゲーム画面をクリックする。


「ふぅ~。まぁこんなもんでしょ」

 一息ついて、チラリと時刻を確認する。すると10:37と表示されていた。いけない。40分ぐらい、遅れてしまった、急いで立ち上がり、恐る恐るドアを開ける。まだ帰ってないことを祈りながら昨日の夜ごはんの空き皿の乗ったプレートを持ち、目の前にある階段をゆっくり降りる。物音やテレビの音はしないが念のため、玄関にばあちゃんの靴があるかどうかを確認する。するとそこに、ばあちゃんが常に履いている靴はなく、この家に今、私以外誰もいないことを確認する。と言っても、ここには、ばあちゃんと私しか住んでいないし、おじいちゃんはもう亡くなっている。

 玄関から廊下を渡りリビングにある流しに昨日の夕ご飯の皿を置いてその横の部屋を横切り、2日ぶりのお風呂に入るためにお湯を張りに行く。

半透明のドアを開けて浴室に入る。昔の家らしからぬ洋風の新しく設置されていた浴槽に入りやすくするために手すりなどが取り付けられている。

その浴槽に蛇口でお湯を入れる。その間に、もう一度2階に上がって、今日の朝ご飯の空き皿とスマホを持って降り、流しにもう一度おいて、次に下着や着替えなどを取りに行く。リビングと洗面脱衣室の間に衣類を収納する棚があるのでそこに向かい自分の物の入った引き出しから適当なものを取り出す。下げた顔を見上げると、あるものが目に入る。それは、私の制服にビニールが掛けられており、壁にハンガーでつるされていたのだった。

「クリーニングしても、無駄なのに」

 おもむろに、私の制服に付いている青色の付箋のようなものを触り、静かに呟く。そしてそれを引きちぎりごみ箱に捨てお風呂に向かう。衣類を洗濯機の中に入れて、浴室にスマホを持ちながら入っていく。

5分の1ぐらいしか溜まってなかったが浴槽に座って、程よくたまるのを、スマホでネットサーフィンしながら待つ。

 ここのばあちゃん家は、少しだけ山奥にあり、歴史を感じるが、老いと、ともないいたるところに手すりを付けたり、廊下を張りなおしたり、自動で空いたり、便座を温めてくれる機能の備わったトイレに変えたりして、お年寄りでも生活しやすくしている。また家も都会の一軒家よりも大きく、車どおりも少ない。

私にとっては生きやすすぎる環境である。だがたまにネットなどが不安定になるときがあるのでもうちょっとネット環境を良くしてくれればというのが唯一の不満である。

だがこの家に置かせてもらっていて、しかも飢え死にしないように食事も与えてくれているのでズーズーしいことは言えない。だから何も言わないようにしている。それなりにこの生活には気に入っているし、何よりも追い出されたくない。そんな思いもあるので、できるだけ嫌われないような最小限の我が儘で過ごしている。

 程よくお湯が溜まったので蛇口を止めると、スマホの上部に、『CHEINE』という無料通話アプリであるサクランボのアイコンのバナーが音と震えと共に表示される。長押しで詳細を確認すると、「今から帰ります。お昼はいつものように持って行きますね」とばあちゃんから、メッセージが来ていた。

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