037.花びら。

 ひらひらと風に舞い踊るそれは、ゆっくりと地に降り積もり、やがて世界を白銀に染めていく。舞い降りる花びらに触れれば、それは手のひらの熱に溶けてしまう。触れられそうで、触れられない。


 雪。何してるんだい。


 雲様!


 天から降り逝く花弁を見つめる雪に声をかけたのは、金と銀の淡い光を帯びた髪の青年だった。雪はすぐにぱっと笑顔になり、青年の元に駆け寄っていく。


 花が降っているんです。とても綺麗で。


 ああ、六花か。


 降り注ぐ花弁の一片を、青年がひょいと己の手に乗せる。溶けずに肌の上に残った花に、雪は目を丸くした。


 雲様は、魔術でも使えるのですか?


 まさか。


 馬鹿な事を言うなと青年が返せば、雪は不思議そうに青年の手のひらにある一片を見つめる。


 僕が掴もうとしても、全部溶けてしまいました。ですが、雲様の手には残っているのはなぜでしょうか。


 どうしてかと本気で悩み始めた雪の額を、青年が指先で軽く弾く。


 痛っ! く、雲様!?


 ただ単に僕の手が冷たいだけだろう。くだらない事を考えてないでさっさと行くよ。


 あ、はい!


 先に歩き出した青年を慌てて追いかけながら、雪は満面の笑みを浮かべた。


 何笑ってるのさ、雪。


 いえ、雲様が僕をお側においてくださるのが嬉しくて。


 ……君は、いずれ僕の後を継ぐことになるからね。


 情ではないと青年が告げれば、それでも嬉しいのだと雪は笑う。青年と二人きりの時でもなければめったに見せない笑顔を、惜しげもなく晒す。


 雲様が僕を見つけてくださったのも、ちょうどこんな日でした。それで、さっき、ふと思ったんです。雲様はどうして僕を後継ぎになさったのか。


 降り逝く白銀の華と同じ名を与えられた、雪。全てをその白銀の下に覆い隠してしまうそれは、空を覆う雲と運命を同じくする者である。青年は白い息を一つ吐いて、皮肉げな笑みを浮かべた。


 いずれ分かることだよ。でも、そうだね、一つだけ教えてあげよう。


 はい。


 僕があれを小さな世界の不適合者と呼ぶ、その意味が分かったら、君もその答えを自然と得るさ。


 幾千の花びらが降り注ぎ、白く白く世界を覆ってゆく。空は雲に、大地は雪に。全てのものが、白銀に染め上げられる。

 そうして、しんしんと積もる白色の景色へと、青年と雪の姿が溶けるように消えていった。

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