018.夕立。

 すまない、邪魔しているぞ。


 部屋に入るなり窓辺に腰掛けていた空を見て、金にも銀にも光る淡い髪色をした青年は眉を顰めた。空の服は雨に打たれたようにびしょ濡れである。


 何しに来たの、小さな世界の不適合者。君のせいで床が濡れてる。


 迷惑だから早く出ていけ、と言外に告げる青年に対して、空は至極真剣な表情で返す。


 夕立に見舞われて、ちょうどお前の部屋が近かったから入らせてもらった。流石に濡れたまま部屋を動き回るのは迷惑だと思って……。


 そのままでいた、と。君、本当に馬鹿だろう。ほら、これ貸すからさっさと拭きな。


 そう言って青年が吸水性のよい布を何枚か、空に放って寄越した。ありがとう、と言って空はそれを受け取り全身を軽く拭き始める。青年が呆れたような溜め息を吐いた。


 すまない。迷惑だったか?


 上目遣いに見上げて問う空に青年が当たり前だというように返す。


 すごくね。第一、夕立なんかなかったはずだろ。


 …………夕立だ。すぐに止んでしまったからお前は分からなかっただけだろう。


 青年の指摘に数秒黙った後、それでも夕立だと空は言い張ったが、青年に鼻で笑われた。


 どうせ近所の子供と遊んでて、そのまま帰ると嵐に怒られるから来ただけだろう。嘘を吐くならもっとましな嘘を吐きなよ。


 ……まるで見てきたようにものを言うんだな。


 君の事ぐらい察しがつくよ。


 降参だ、と空が告げる。つまりは青年の言う通りだと認めたのだ。はあ、とまた青年の唇から溜め息が零れる。それを聞いた空は、でも、と続けた。


 お前のところに来た理由は、それだけじゃないんだがな。


 何、仕事なの。


 真面目そうな空の顔に青年は態度を変えた。先程まで眉を顰めていたというのに、口角を吊り上げて笑みを浮かべている。それは獲物を狩る時の肉食獣を思い起こさせるような笑みだった。


 まあな。


 そう。ああそうだ、浴室貸してあげるから話す前にそれ着替えなよ。いつまでもそのままだと風邪引くだろう。


 ん、ああでも床が濡れるし歩けない。


 一度は頷いた空が何か言いたげに青年を見上げる。青年はその意図を正確に汲み取ったが無視を決め込んだ。


 別に濡れても構わない。歩くなら靴は脱ぎなよ。


 ……お前は甘くないんだな。


 空が苦笑して、当たり前だろ、と青年が返す。


 甘やかして欲しいなら君の幼なじみに言いなよ。でもそうだね、君が二度と部屋に忍び込んだりしないなら、甘やかしてあげてもいいよ。


 分かった。自分で歩く。


 即答したところをみるとどうやら空はまた忍び込むつもりでいるらしい。靴を脱いで床に降り立った空の服の裾からはまだ水滴が垂れている。


 じゃあ、遠慮なく借りるからな。


 なるべく早くしな。出てくる頃には飲み物でも用意しておくから。


 っ、分かった、すぐに行ってくる!


 青年の台詞に空は笑んで返す。俄かに降って湧く、青年の気紛れな優しさと空の満面の笑み。それはまるで夕立のようなものだと、二人はどこかで気付いていた。

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