019.引き金。
随分大胆な真似をするんだね、小さな世界の不適合者。
突きつけられた銃口に金と銀の交じり合った髪色の青年が蠱惑的な笑みを浮かべる。その瞳に映るのは、好戦的で野性的な狂気の色。青年の上に馬乗りになった空が、静かな感情の映らぬ瞳で青年を見下ろす。
このまま引き金を引いたら、お前はどうなるんだろうな。
引いてみれば分かるだろ。
抑揚のない声で呟いた空の言葉に、青年は他人事のように返す。
つまらん。お前はどうしてそう……。
生に執着しないのだ。
本当につまらなさそうに空が言い、青年から銃口を背けると乗せていた体を退けた。実際青年は、生にも世界にも、あらゆるものに対して執着しない。そんなものを持てるほど青年は人間らしくあれない。けれど。
君に言われる筋合いはない。
空の腕を絡め捕って、青年はそのまま銃口を空に突きつける。引き金に触れるのは、空自身の指。青年は、触れようとしない。
今なら、逃げられるよ。
君が苦しいと言った、この世界から。
青年が言って、空は微かに瞳を瞬かせた。ふっと小さな笑みが空から零れる。それはどこか大人びた、それでいてどこか幼さを残す笑みだった。
私には、出来ないさ。お前が引き金を引いてくれるのなら、別だけどな。
空の言葉に青年は不機嫌そうに眉根を寄せる。冗談言うな、と言わんばかりの表情だ。
君が消えるのは勝手だけど、僕を巻き込まないでくれる。
何故だか、空の肩がびくりと震えた。青年はほんの一瞬のその動作に気付いたが、さして気に止めなかった。
お前は、意地が悪い。
まあね。少なくとも死にたがりの道化を救ってやるほど優しくはないよ。
空がぼやいて、青年は平然たる態度で返す。他人がどう思おうが青年には関係ない。
私はお前でなければ、こんな事は言わないぞ。……それに、死にたい訳でもない。
唯、消えてしまいたいだけで。心の中でそっと呟く。死ぬ事と消える事は違う。似通ってはいるが、根本的な所が確実に違っている。そうして唯一人その違いを知っているこの青年になら、消されてもいいと空は思うのだ。
気持ちの悪い事を言うな。
撃ちたくなる。何時の間にか空から奪った銃を突きつけ、青年は引き金に指をかける。しかし空はその引き金が完全に引かれる事はないと理解っていた。この空の瞳に映る青年が、そんな楽な道を歩かせてくれる事など決してない。
撃ちたいのなら、撃てばいいさ。
飄々と告げる空を見据え、青年は引き金に触れる指に力を入れる。しかし尚も表情を変えない空に、つまらなさそうに銃口を外した。
君を撃つと、後始末が面倒臭そうだ。
返すよ、と青年が空に銃を投げて寄越す。もう少し丁寧に扱えと言いたい所だったが、如何せん空も人の事は言えないような使い方をしている。
まあ、でも。青年がそう呟くのと、空が銃を受け取るのは、ほぼ同時だった。鋭い風が、空の頬を掠める。
君を殺すかどうかは気分によるかもしれないな。
真っ赤な雫が、空の頬を伝い落ちた。
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