014.勘違い。

 雲!


 ばんっと大きな音を立てて扉が開かれた。金と銀の狭間にある一種独特な髪色の青年が、煩そうに眉をひそめる。青年の傍らには白と黄色の中間色の小鳥が鎮座していた。


 騒がしいよ、小さな世界の不適合者。もう少し静かに出来ないのかい。


 ん、ああ、すまんな。それより、雲! 聞きたい事が……痛っ!


 急用なのか、空はいそいそと青年の元へ走って寄る。口では言うものの、反省の色を見せない空の額を青年が指で弾いた。力は弱いが一点への攻撃なだけに意外と痛い。空が額を押さえながら青年を睨んだが、それは青年に無視された。


 それで、何の用だい。


 青年が何もなかったかのように話を進める。空は溜め息を吐きたい気持ちだったが、それよりも今は青年に聞きたい事があったのだと思い直す。


 ああ、あのな。単刀直入に聞くが……。


 へえ、君単刀直入なんて難しい言葉知ってたんだね。


 ……お前は茶化したいのか、それとも私を馬鹿にしているのか?


 茶化してるつもりはないけど後者は認めるよ。


 うわっ、はっきり言いやがった! と、そう言わんばかりの顔をする空に、早く話さなくていいの、と青年は話の続きを促す。誰のせいだと言いたかったが空は堪えた。

 なんと言っても、世界の統治者なのだ。大人にならなければ。

 そんな風に考えた空の内心など青年には読めてしまっていたけれど、青年は何も言わずにいた。


 その、な、お前が……つ、付き合い始めたと言うのは、本当なのか……?


 付き合い始めたって、何。


 青年の目が冷たさを帯びる。雲たる立場として、青年が様々な者と繋がりがあるのは当然の事だ。しかし、いくら契約を結んでいる相手、それも世界の頂点たる者とはいえ、不用意に情報を漏らす訳にはいかない。


 いや、だからその……こ、恋人が出来たらしいではないか!


 予想だにせぬ答えに、青年は目を瞬かせる。沈黙が降り立ち、部屋が静けさに包まれる。暫く時間が経ってから青年が口を開いた。


 ……なにそれ。誰がそんな事言ってたの。


 全く覚えがない事に、青年が首を傾げる。


 ち、違うのか? この間お前が愛おしそうにその名を口にしていたと聞いたのだが……確か、天使、と。


 青年の本当に知らなさそうな様子にどこか安堵しながらも、拭い切れぬ不安から空が問う。すると何か思い当たったようで、青年が答えた。


 ああ。それ、この子の名前だよ。


 青年が傍らにいる小鳥を指差す。毛繕いをしていた小鳥は突然焦点を当てられ小首を傾げる。それから、自分の方へ向いている青年の指にひょいと飛び乗った。


 へ? 鳥の、名前?


 うん。この間、夢が付けてくれたんだよ。夢らしい、可愛い名前だろう。


 あ、ああ。そう、か。何だ、鳥の名前か……良かった。


 青年の言葉にほっとした空が、安堵の溜め息を吐く。そうして話を理解して落ち着くと、あれ、と空は或る事に思い至った。霧の妹が付けたって事は、あいつ態と……っ! 焦って聞きに来たというのに拍子抜けもいいところである。きっと今頃霧はどこぞでほくそ笑んでいる事だろう。それを考え、空は心中で悪態をついた。


 ……ところで君さ。まさかそれを訊く為だけに来たんじゃないだろうね。


 えっ……い、いやそんな事はない! ほら、これ!


 青年に言及されそうになり、空が慌てて懐から書類を取り出して青年に投げる。


 ああ、頼んでいたやつだね。思ったよりも早いじゃないか。


 まあな。これぐらいちょろいものさ。


 いつもこれぐらい早ければ、彼らも困らないだろうにね。


 うっ……だからなんでお前はそう一言二言余計なんだ。


 膨れる空を無視して、青年は席を立つ。翻る漆黒に手を伸ばすが、それは空の手をすり抜ける。どこへ行くのかと問う前に、青年の姿は扉の向こうに消えてしまう。暫く経ってから戻って来た青年が手にした盆には、紅茶の一式が乗せられていた。


 せっかくだし、飲んでいきなよ。


 良いのか?


 少しぐらいならいいよ。仕事は終わらせて来たんだろう。


 柔らかな青年の態度にすっかり安堵を覚え、空はふっと柔らかな笑みを浮かべた。

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