013.薬。

 意識が浮上する感覚がして、空は目を覚ました。ぼやけた空の視界にはいつもと変わらぬ自室の天井が映る。


 あ、れ……?


 自分はどこにいるのだろう、そう考えて身を起こした空は痛みに思考を中断させられた。ずきずきと二日酔いの時に似た痛みが空の脳を刺激し揺るがす。その痛みに覚えがあるような気がした時、扉を開ける音がした。


 ああ、もう起きたみたいだね。


 抑揚のない声が空の耳に届く。声のした方向へ空がゆるりと視線をやれば、案の定そこには金と銀を相混ぜた光色の髪をした青年が立っていた。つまらなさそうな顔をしている青年の後ろから、夢が顔を出す。


 大丈夫……? よく、眠れた……?


 夢は彼女の兄や青年とは違い、実に素直で優しい。心から心配して尋ねる夢に、空は大丈夫だと柔らかな笑みを向ける。それからふと、自分がそれまで眠っていたことに空は気付いた。それから、意識を失う前の青年との遣り取りを思い出す。


 雲! お前何をしたんだ!?


 死ななくてよかったね。今回の事は良い薬になっただろ、小さな世界の不適合者。


 青年は空の問いに答えず、ただ淡々とそう告げた。脇で見ていた夢が青年を窘める。


 もう、そんな言い方はないでしょう。あのね……。


 行くよ。


 夢の言葉を青年が遮る。余計な事を言う前に、と青年は夢を連れ出そうとした。しかし夢が青年に思い切り抱き付き、流石に振り払うことは出来なくて、青年は不機嫌さを露わにしながらもその場に留まった。


 空様が最近眠れないみたいだから、って。


 え?


 ぽそぽそと小さな声で伝える夢の言葉に、どういう事かと空が聞き返す。すぐに青年が脇から答えた。


 ただの取引だよ。向こうの要求を飲めば、本気で相手してくれると言われたからね。


 ああ、と空は納得する。つまりは、無理矢理寝かせる為に薬を盛ったとそういう訳か。成る程、今日はやけに友好的だったから怪しいとは思ったんだ。


 でも雲もね、空様の事を、ちゃんと心配してたのよ? 安全で良く効きそうな睡眠薬を探してたもの。


 夢の言葉を聞き、空は青年を見る。眉根を寄せた不機嫌そうな表情とぶつかって、それが真実なのだと悟った。


 にやつくな。気持ち悪い。


 自然と頬が緩み、空の口元は自然と笑みを象る。青年に浴びせられる暴言などなんて事はない、だってその裏にある感情がわかったのだから。


 優しさが何よりの特効薬。

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