011.白昼夢。

 空。我らが空よ。


 暗闇の中、響く声。呑まれぬ様、空は必死に自我を保とうとする。欲しかったのは、友を、大切な人達を護る為の力だ。それなのに。


 あなたに自由は許されていない。


 空の中で声が響く。空が持つ力はあまりに強大で、時としては味方さえも傷つけ得る諸刃の剣。全てのものを守るために在るはずの、世界の頂点という名の権力。


 あなたは世界の為に生きるべき者。


 何度も繰り返されてきた言葉。空には分かっている。いつかこの力が世界に混沌をもたらすことを。だからこそ空はここに居続けなければならない。それが、空に与えられた全てなのだから。


 求めてはならない。


 ずっと箱庭のような世界で空は生きている。閉じ込められてはいるけれど、そこには友がいて、大切な人達がいて、だから空には平気だった。平気だと思い込もうとした。優しい偽りの世界で生きる痛みを、鈍らせた。


 空。空。空。


 幾多の声が空の鼓膜を弾く。夢に呑まれそうになった時、闇の中に小さな光が現れた。温かな金と銀の狭間のその光は、一人の青年を思い出させる。空に痛みを思い出させてくれたのは、唯一人、あの金と銀の狭間の青年だけ。


 小さな世界の不適合者。


 初めて青年にそう呼ばれた時、空は思い知った。自分がどれほど世界の外れに生きる者かを。青年の言葉は真実で、事実で、変えようのない現実で。偽りで生きる事に慣れすぎた空には、痛みが過ぎるけれど。彼の言葉にどれだけ空は救われただろうか。


 雲……。


 光に向かって手を伸ばす。柔らかな温もりが、空を包み込んだ。優しくて温かくて、泣きたくなるような。


 いい加減寝ぼけてないで放しなよ、小さな世界の不適合者。


 どこからか声がしてぼやけた空の視界に、不機嫌そうな顔の青年が映った。


 雲……?


 そう口にすれば額に衝撃がくる。指先で弾かれただけの筈がかなり痛い。空が両手で額を押さえ、文句を言おうと口を開きかければ、ばさっと何かを投げつけられる。顔に当たる寸前で受け止めると、それは書類の束だった。


 頼まれてた書類。確かに渡したから。


 あっ……。


 踵を返した青年の外套の裾を、空は知らぬ内に掴んでいた。青年が振り返って、何、と問うてくる。空は慌てて手を離した。


 いや、その……ど、どうせだから茶でも飲んでいかないか?


 空の言葉に青年が訝しげな視線を送る。自分でもおかしな発言をした自覚があった為、空は居たたまれなくなって視線を逸らした。暫く沈黙が続いた後、くっと小さな笑いが聞こえる。空が見上げれば、青年はどことなく上機嫌な顔をしていた。


 気が向いたら、それもいいかもね。


 意外な応えが返って来て空が瞠目している間に、青年は空に背を向け歩き出す。それから思い出したように付け加えた。


 そうそう、仕事中に寝るのは止めなよ。


 じゃあね、と後ろ手を振って、青年は空の部屋から去っていった。

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