010.茜空。

 夕暮れの中に、二人はいた。茜色の空を茜色の雲が流れてゆく。並んだ影は寄り添うでもなく離れるでもなくただ並んでいた。


 なあ、雲。


 何、小さな世界の不適合者。


 幸せとは、何だと思う。


 輝く蜜色の髪を風に揺らしながら、夕陽を見つめたまま空が青年に問う。


 ……どうして、そんな事聞くのさ。


 金と銀の中間色の青年は、空に問い返す。青年は空が答えを求めている訳ではない事を悟っていた。


 最近、何となく考えるんだ。このままでいいのかと。


 小さな茜色を歪ませて、感情を含まない声で空が言う。青年は相槌を打つでもなく、ただ空の言葉を聞いていた。


 ……後悔、しているのかもしれない。守りたかったはずなのに、傷付けてばかりいる。守りたいと願ったのに、失ってばかりだ。私は本当にここにいていいのか、わからないんだ。


 震えた声が、青年の鼓膜を揺らす。その震えが何から来るものであるかなど、青年は疾うに知っている。


 ……随分とまた今更な問題だね。そんな事は覚悟してたはずだろう。


 上手く言葉が見つからなくて、それでもどうにか投げ掛けた言葉は、青年の意に反して空を傷付けてしまったように青年は思った。


 覚悟……か。そうだな。ずっと、覚悟していた、事だったよ。


 空の重みは余りにも不釣り合いだった。その小さな存在には、余りにも重過ぎる。青年は、小さく溜め息を吐いた。そしてもう一度、言の葉を紡いでいく。


 ……君は、何でも背負い過ぎ。少しぐらい周りに頼ってあげなよ。何の為に彼らがいると思っているの。


 言葉と同時に青年が空の額を軽く指で弾く。人は支え合う為に存在するのだと、皆がいるから強くなれるのだと、いつだったか空はそう言った。その時、青年は否定も肯定もしなかった。それは、空の願いであったと知っている。


 君は君らしくやっていればいいんだよ。彼らもそれを望んでいるはずだから。


 私は、私らしく……。


 どうせそれ程頭が良い訳じゃないんだから、馬鹿な事考えないでさ。


 呟く空にそう言って、青年は空の額を指で弾く。痛っ、と空が声を上げた。額を押さえ抗議の視線を送るが、青年は素知らぬ顔だ。空はすぐにふわりと柔らかな笑みを浮かべた。


 ……ありがとうな、雲。


 別に慰めている訳じゃないよ。君がうじうじしているのは見てて不快なだけだ。


 ああ、分かっている。でも、ありがとう。


 きっとその皆の中にお前はいないのだろう?

 心の内でそっと空は青年に問いかけた。返事はなくそれなのに答えはわかりきっている。柔らかにそれでもどこか淋しげに笑う空の隣で夕陽を見つめながら、青年はただ傍にいた。

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