006.痛み。

 また抜け出したのかい、小さな世界の不適合者。


 またとは何だ、またとは。


 子供のように頬を膨らせる空に、金とも銀ともつかぬ髪色をした青年は溜め息を零した。


 いい加減、君の幼なじみに言い付けるよ。


 そんな事をしたら、二度とお前のところに来なくなるぞ。


 それは願ったり叶ったりだね。君が来なくなるなら、それ以上に嬉しい事はないな。


 そう言って嵐へ連絡しようとする青年を、空は慌てて引き止める。


 待て、落ち着け。話し合えば分かる。


 君と話し合えた覚えも、分かり合えた覚えもないよ。


 受話器を持ったまま、青年が振り返った。果たして、彼は本気なのか冗談なのか。空の顔に、緊張が走る。


 ……君は本当に馬鹿で、変だよね。


 そう言って、青年が受話器を置いた。


 変とはなんだ、変とは。お前は本当に失礼な奴だな。


 青年の行動に安堵しながらも、空は言い返す。青年が呆れたように溜め息を吐いた。


 今更だろう。それに、君が変なのは事実だ。


 青年が断言する。青年の言い草に空はむう、と膨れた。変、だなんてそんな事、空は疾うに自覚している。何故なら空は、この世界に適合していないのだから。そして、青年も。


 お前だって、変な奴の癖に。お前程失礼な奴は初めてだ。


 君程変じゃないさ。嫌なら関わらなければいいだろう。


 必要以上に関わる気は、青年にはない。空と青年はただ互いに利用する関係でしかない。それに、いつも用もなく勝手にやって来るのは空の方だった。


 そういう物言いだから、お前を怖がる者が多いんだぞ。


 怖がられたところで困りはしないよ。余計な奴らが近付いてこないなら、一向に構わないさ。


 まあそれでも厄介な奴は来るけど、と青年が続ける。その意図を汲み取れなかったのか、空はきょとんと目を丸くした。


 なんだお前、厄介者に絡まれているのか? 追い払うのであれば、協力するぞ。


 見当違いな事を言う空に青年が深く溜め息を吐く。


 勘違いするな、小さな世界の不適合者。僕と君はあくまで互いを利用しているだけだ。僕は君の友人になった覚えはないし、そうなるつもりもない。馴れ合いなら、他でやれ。あと、自分の事だって気付きなよ。


 折角会いにきているというのに、どうしてお前はそうつれないことばかり言うんだ。


 溜め息混じりに空が言い、青年が空を睨みつける。


 ……まあ別に、どうでもいい事だけどね。君がどうであろうが僕には関係ない。僕は君の仲間じゃないから、君を好いたりはしないよ。


 青年のその言葉に、何故だか空は心臓の辺りが痛んだ。まるで傷でも出来たかのようにずきずきする。


 ……わかった。もう、いい。


 空がそう青年に告げ、ゆっくりと青年から距離を取った。辛そうな顔をする空に、何故だか青年の胸が痛みを訴える。


 じゃあな、雲。


 空が離れてゆく。その事実に気付き、青年は自らも知らぬ間に手を伸ばしていた。不意に空の手を掴んだ青年に、今度は空が驚く番だった。


 ……別に、来るな、とは言っていない。


 そんな言葉が自然と青年の口から零れる。暫し瞬いた後、空はとびきりの笑顔を浮かべた。


 ああ!


 ちりちりと、胸を焦がすその痛みの名を、彼らはまだ知らない。

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