005.霧知。

 今度は何の用なのさ、小さな世界の不適合者。


 金とも銀ともつかぬ髪色の青年は、溜め息混じりに言葉を吐き出した。傍らにいた空が青年を見上げる。


 用が無ければ来るなと言うのか?


 空は挑戦的な口調でそう言った。


 用が無いのに来る理由が見当たらないな。


 霧に、会いに行った。


 青年が言い返すと、ぽつりと空が言葉を紡いだ。だがその声には、いつものような覇気はない。何かあったのだろうかと、青年は首を傾げた。


 霧に、何か言われたの。


 別に、何も。


 青年が問えば、空はそう短く答えて青年から目を逸らす。目を合わせる事が、できなかった。けれど、それが故意の動作である事に青年はすぐに気付く。ますます以て青年には分からない。しかし、青年はそれ以上問わなかった。


 そう。


 それだけ返すと、青年は空から視線を外す。霧に会ったからといって空が青年のところへ来る理由にならないが、追い払うのも面倒だった。興味なさげな青年の態度に、何故だか空は苛立ちを覚える。


 確かめたい事が、あったんだ。


 ある、ではなく、あった。過去形で言い切った空に、青年は怪訝そうな顔をする。少しだけ不機嫌そうな色を漂わせ、空が青年の瞳を覗き込んだ。空が青年の両頬に手を添え、互いに視線が交わされる。互いの瞳に、互いの姿が映し出された。


 お前に、私は見えているか?


 不安げに、空が問う。目の前のこの青年が見ているものが、空には分からない。その中に、空がいるのかさえも。


 …………どうしたの、急にそんな事聞いて。


 咄嗟に言葉が出ず、青年はそう口にした。本当はどこかで分かっている。空が何を言わんとしているのか、どんな言葉を望んでいるのか、なんて事。空は青年から目を逸らそうとせず、再び問うた。


 お前に、私は見えているか?


 空が望むのは、たった一言。青年の真の言葉だけ。数秒の後、青年が答える。


 ………………見えてるよ。


 本当に?


 念を押す空に言い聞かせるよう、青年がはっきりと答えた。


 見えてるよ。大丈夫。ちゃんと、君はここにいる。


 そうか。


 手を伸ばして空の頬に触れる青年に、空は満足げに笑む。嬉しそうな、少年のような笑みだった。いつだって、この青年は空の居場所を示してくれる。


 霧に、何を言われたの。


 青年が、再び空に問うた。


 別に、何も。


 空は静かに微笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る