003.理解。

 なあ、お前は何故、そこにいる?


 空の唐突な質問に、金と銀の狭間の髪色をした漆黒を纏う青年は答えない。


 無視するな。質問に答えろ。三秒以内に吐け。私にだって限界があるんだ。いい加減寂しくて泣くぞ。安眠妨害するぞ。四六時中お前の耳元で叫んでやる。虹に言い付けるのも手だな。ああもう何でもいいからいい加減私を見ろ。


 それだけの言葉を一息に吐き出すと、空は、青年の纏う漆黒の裾を掴んで引いた。それでも青年は無視を決め込んでいる。青年は裾を引かれたところで転びもしないし、体勢すら崩しはしない。空は小さく頬を膨らし、呟くように言った。


 お前も、私と同じだろう。


 その言葉を聞いて初めて青年が振り返り空を見た。だが、その瞳は酷く冷たい色を帯びており、常人であれば震え上がるような凍てつく視線である。青年は目に見えて不機嫌であった。


 君と一緒にするな、小さな世界の不適合者。理解者が欲しいなら霧の所へ行けと言った筈だ。


 鋭い視線と冷たい言葉を浴びせる青年に、しかし空は怯まない。青年は呆れたように溜め息を吐き、言葉を重ねた。


 僕の所には来ないと言っていたと思うけど。


 以前の空の発言を持ち出せば、空は素知らぬふりで応じる。


 先に訪ねて来たのはお前の方だろう。


 得意げな空の言葉に、青年は深く溜め息を吐く。


 用事があったから仕方ないだろう。僕だって好きで君に会った訳じゃない。


 そんなことはどうでもいい。お前は何故、そこにいる?


 空が今一度、青年に問う。大空をたたえるその瞳はあまりにも真摯で、青年は無視する事が出来ない。空と青年は同族である事ぐらい、青年は疾うに知っていた。そうしてまた同族でありながら、異種でもあることを。


 ……強いて言うなら、僕が君じゃないから、かな。


 お前が、私でないから?


 僕だって、ここにいる訳じゃない。いるとかいないとか、それ以前の問題だ。だけど、君がそう感じるのは多分そういう事なんだよ。


 私は時々、お前の事がよく分からなくなる。掴める様で、掴めない。分かる様で、分からない。お前は……何なんだ?


 空の問いに青年は暫しの沈黙を以って返す。そうして空が諦めかけた頃、青年は口を開いた。


 それは君が一番よく分かっている筈だろう。


 そう告げた青年の言葉もやはり、空の理解とは程遠かった。



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