第7話

そんな時であった。


達郎さんがいる冷熱会社で、インドネシアに事業を拡大するプロジェクトが近く始まると言う話があった。


それを聞いた達郎さんは、インドネシアへ転勤することと海外事業部へ異動願いを人事部に直訴した。


達郎さんが下した超特大の英断を聞いたアタシのおじが、激しくおたついた。


インドネシアでのプロジェクトのスタッフさんは、この時点ではまだ発表されていなかった。


しかし、達郎さん自身が人事部に直訴したことを聞いたおじはだまって見過ごすわけには行かなかった。


達郎さんが人事部に直訴してから3日後のことであった。


営業1課のオフィスの電話がけたたましく鳴り響いた。


別のOLさんが電話に出た。


「はいもしもし…課長、専務室から電話です。」

「分かった。」


達郎さんは、おじから電話で呼び出されて専務室へ行った。


専務室にて…


おじからインドネシア行きを人事部に直訴したことはどういうことなのかを問われた達郎さんは、答えを返した。


「どうしてって…自分を変えたいから決断したのです!!それのどこがいかんのですか!?」

「いや、そう言うことは言っていないよ…ただ…まだ、現地スタッフさんの人選が始まったばかりで、はい決定しましたと言うわけじゃないから、あまり先走らないでくれ…」


おじは、あつかましい口調で達郎さんに言うた。


達郎さんは、いままでため込んでいた不満をおじにブチ曲げた。


「専務、私は会社でいる人間でしょうか?それともいらない人間でしょうか?」

「何を言っているのだね!!熊代くんは、会社でいる人間なのだよ…いる人間だから口やかましく言うているのだ…熊代くんが新入社員の時に、1からきたえあげたのは私なのだよ!!」


アタシのおじは、達郎さんに本社にいてほしい気持ちで口やかましく言い続けた。


おじは、達郎さんに営業部の部長に昇進してほしいと願っていた。


しかし達郎さんは、それをけつってインドネシア行きを人事部に直訴した。


それは一体どう言うわけか?


たぶんそれは、アタシと会いたくない気持ちがあることとアタシの両親や達郎さんの実家の家族たちと顔を合わせるのがイヤだと思う。


インドネシアに赴任した場合、4~5年は現地に駐在することになる。


達郎さんは、そのことを知った上で人事部に直訴したと思う。


それから2週間後…


インドネシア行きのスタッフさんが決まったが、その中に達郎さんの名前はなかった。


達郎さんが選ばれなかった理由は『他に優秀な若手がいたから。』と言うことである。


しかし、本当の理由は『達郎さんは近い将来に営業部の部長、または次長に昇進させる予定だから本社に居てほしい…』と言うことである。


同時に、おじは達郎さんにアタシともう一度やり直しの機会を与えた。


もう一度、お見合いして、お付き合いして、プロポーズから結婚…


そして温かい家庭を作ってほしい…


…とおじは思っていた。


もうひとつは、達郎さんの兄夫婦の結婚のことがからんでいた。


達郎さんの兄夫婦が挙式披露宴を挙げる際に、予算が大きく不足したので、不足分をアタシの両親が出した…


そのご恩返しをするために、おじは達郎さんの結婚相手をアタシと決めた。


それから10日後…


達郎さんは、社長さんに辞表を渡した。


「長い間ごくろうさまでした。確かに辞表を受け取りました。」

「はっ。」


辞表を出した達郎さんは、デスクの整理を始めた。


達郎さんは、数日前に会社を休んで松山の(国立)四国がんセンターへ行って、胃の検査を受けた。


「課長、大丈夫ですか?」

「まあね。」

「おやめになるのですね。」

「療養のためだ…また再就職をしてがんばる…みんなも元気でね。」


達郎さんは、笑顔でスタッフさんたちとお別れをした。


達郎さんが会社を去って行く様子をアタシのおじは遠くから見つめた。


その頃、アタシは新しい恋を見つけるために、自分の力で結婚相手を探すことを決意した。


仕事が終わったアタシは、衣干神社のバス停からバスに乗りまして、今治市内へ向かった。


どんどび交差点の付近にある居酒屋にて…


3対3の合コン方式で、コンカツパーティーが行われた。


「えー、それでは…コンカツパーティーを始めたいと思います…では、自己紹介をどうぞ。」


まずは、自己紹介から始まった。


その後、カップルを作る。


そして、食事をしながら楽しくおしゃべりをした。


アタシたちがコンカツパーティーを楽しんでいる時であった。


パーティーをしている席から4つ先の席に、達郎さんが座っていた。


達郎さんは、一人ぼっちで生中をのんでいた。


「おかわりちょうだい。」

「生中おかわり。」


達郎さんは、ちらっとコンカツパーティーの方を見た。


しかし、達郎さんはすぐに目をそらした。


コンカツパーティーは、和気あいあいの中で行われた。


最後に、お付き合いをするかどうかを確認した。


アタシは、一緒にお話をしていた男性とお付き合いをしたいと思ったが、丁重にお断りを入れた。


パーティー終了後、アタシは家に帰宅した。


「ただいま。」


家に帰って来たアタシに、母はこう言うた。


「お帰りなさい…あんた今日は遅かったわね。」

「友達と会ってきたわ。ごはんも食べて来たから…」

「そう。」


アタシの母は、ひと間隔を空けてからアタシに言うた。


「はるか。」

「なあに?」

「さっきおじさんから電話がかかってきたわよ。」

「えっ?おじさんから?」

「そうよ…きょうね、達郎さんが会社をやめたのよ。」

「達郎さんが会社をやめたって?」

「本当のことよ。」

「ええ!!どうしてなの!?」


アタシの問いに、母はこう答えた。


「体調不良でやめたわ…あと、インドネシアへ長期出張の人選のことをめぐって、会社の人ともめた…他にも、達郎さんはいろんなことで悩んでいたのよ…仕事のこと、実家のご家族のこと、そして自身の結婚のこと…はるか!!」


アタシは、キョトンとした表情を浮かべていたので、母に怒鳴られた。


「はるか!!あんたもいかんのよ!!どうして達郎さんが傷つくようなことしたのよ!?」


アタシは、達郎さんが家の近くのアパートに引っ越しをして来た理由を始めて知った。


朝夕は家でごはんを食べていた理由…


通勤時間の時には喜田村のバス停までは一緒に行きなさいと言われた理由…


それって…


アタシの母は、なおも怒った。


「はるか!!達郎さんが結婚適齢期を逃した最大の原因は、達郎さんの実家の両親と兄夫婦が無関心だったことにあったのよ!!家族の協力が得られなかったことが原因で、お嫁さんが来なかったのよ!!それが分かっていないわね!!」


アタシは、それを聞いてビックリした。


「はるか!!どうしてあんないい人を傷つけたのよ!?あんたはやっぱり、生まれた時から結婚する資格なんかなかったのよ!!」


アタシを怒鳴りつけた母は、泣き出した。


アタシはそれを聞いて、泣きそうになった。


アタシは、自分のことだけしか考えていなかった…


そのせいで…


達郎さんの気持ちを傷つけた…


ああ…


アタシは、どうして達郎さんにあんなひどいことを言うたのか…


悔やんでも悔やんでも…


悔やみきれない…


そう思うと、アタシは一睡もできなかった。


それから何日かして…


アタシは、達郎さんが暮らしていた通町の賃貸マンションへ行った。


「ここね。」


アタシは、白のワンピース姿で、右手にハンドバッグを持って、左にわびの菓子折りが入っている母恵夢(ぽえむ・洋菓子屋さん)の紙袋を持っていた。


アタシは、達郎さんが住んでいた部屋へ行った。


しかし、玄関の入り口の名札がなかった。


あれ、どうしたのよ一体…


「どちら様ですか?」


近所のおばちゃんがアタシに声をかけた。


アタシは、部屋の住人のことをたずねた。


そしたら…


「そこの住人ね…今朝出ていったわよ。」

「出ていった?」

「『家賃が払えなくなった…お世話になりました…さよなら…』と言うて出ていったわよ。」


そんな…


「熊代さん、家賃を2ヶ月分滞納するなど問題を抱えていたからねぇ…まあ、熊代さんが自発的にタイキョしたので、うちらはせいせいしたと思ってるわよ。」

「そんな…」


住人の女性は、アタシにぐちっぽく言うた。


アタシは、ものすごく不安になった。


もしかしたら…


達郎さん…


どこに行ったのよ…


アタシの心の中で、激しい動揺が起こった。


アタシは、達郎さんの実家に行って、ご家族に達郎さんの消息をたずねた。


しかし、ご家族のみなさまは『しらんしらん』と一点張りであった。


結局、達郎さんの消息を知ることはできなかった。


ああ…


アタシは心配でたまらない…


せめて、連絡だけでもしてほしい…


アタシは、不安な思いを抱えて生きて行くことになった。

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