第16話
個室レンタルの蔦屋かな。これはまるで――、あれだ。
お好きなラブドールとご一緒に――性別、年齢、外見、コスチュームはもちろん、哺乳類から鳥類、爬虫類、両生類や昆虫型、原生生物仕様まで、数万種を取り揃えております。
二畳から十四畳ほどの無重力スペースで、連れ込みもOK。
ラブドールを交えての複数プレイもざらだ、という。
「ラブドールの歴史と蔦屋のレンタルについて知ってもらいたい」として打った広告が、確か――
●恋人が新しくなってすぐに届くレンタルサービスについて知ってもらいたい。
記憶領域に登録すれば、パーソナルスペースに潜在意識を置いておくだけで、新しいドールとの新生活を手に入れることができるレンタル店がある。
■ その他に、『DREAM OR DEAD!!』アプリにはこんな声――
・『DREAM OR DEAD!!』アプリに登録すると、お好きなキャラクターに選ばれて、あなたの内と外で『お好きな歌』を歌って踊ってもらえるぞ。これは、自分に自信が持てなくなるレベル――
・その他、『Afterfate』アプリで配信する『ストーリーブック』『ファンタジーアート』などのコンテンツで、自分をキャラクターに合わせてコンバインする事ができるぞ。
●新たに、ドールプロジェクトという取組により、ラブドールのあらゆるニーズを受け入れて、ドールの持つポテンシャルの更なる高さを追求していきます!!
■ドールにはすべて、『BIG DOG DOG DOG』(「 DREAM OR DEAD!!」の頭文字をとりました)が付いています! すべてのドールのパーツ、持ち物にタグが付いています!
■『DREAM OR DEAD!!』のアプリは大反響! 新たなドールのプロジェクトの可能性がますます広がることに!!
この度、『DREAM OR DEAD!!』アプリでは『LAKES LARME(ラプーシュール)』×『DREAM OR DEAD!!』のコラボレーション企画として、『LAKES LARME(ラプーシュール)』シリーズ・キャラクターによる新ドール・アプリのプロモーションをに実施しました。それらのアプリでは、「BIG DOG DOG DOG DEAD!!」の頭文字(イニシャル)パターンを採用した新ドールのVRバージョンが実装され、新たなドールの四次元デリバリーが実現!! さらに、ダンシングドールのプロモーションでは新たなラブドールの魅力を伝えるムービーストーリーが登場します!!
●『DREAM OR DEAD!!』アプリ 公式サイト
■『DREAM OR DEAD!!』プロモーションムービー(ストーリー編)
『DREAM OR DEAD!!』アプリ公式サイトから、アプリのストーリーを伝えるムービーが公開。
このムービーでは、『BIG DOG DOG DOG DEAD!!』から生まれたドールの、「DREAM」への挑戦を紹介しています。ダイナミックなダンサー姿から、「BIG DOG DOG DOG DEAD!!」に挑戦する姿まで、様々な衣装で登場するドールの姿に乞うご期待!
■新ドールのプロモーションムービー(ストーリー編)
概要『 DREAM OR DEAD!! 』アプリのストーリーを伝えるムービーが公開され、また、アプリト共にインストールされる「Analyze system」から、ゲーム攻略やドールとの会話に挑戦できる機能が展開されており、様々なドールとのコラボレーションが実現しています。
――とかなんとか。「このお人形さん、本物でしょうか?」がキャッチコピーだった。
『 DREAM OR DEAD!! 』アプリは刺青と同じだ。
肉体に直に埋め込むから、利便性の反面、削除できない。削除できるとされているが、見かけ上そうなるだけで、実際には機能は残る――配信元の刺激に無条件に介入される――ことになる。
ラブドールとのマッチングに最適化されているから、人間の相手をする際に、感情が干渉されることだってある。
ラブドールとやった数だけ元カノがいるようなものだ。
脳内に棲みついて居座る元カノ。そいつらが、でんでバラバラに自己主張を始めたら、もう、たまったもではない。
『DREAMORDEAD!! - DREAMORDEAD!!』が配信中。
脳内に刺激がひしめき合って、ネオン看板みたいにチカチカして眩しい。
「ドールとのマッチングに問題が生じたときはリロードの申請をするか、緊急の場合はアカウントを削除してください」
ポップアップする警告欄のウィンドウに、そう書いてあった。削除のコマンドは「Repolice」と、「SpeerDebug」
おかしいな。ここは蔦屋じゃないぞ。俺は一体何を思い出しているのか。
もし落下する水とガス灯が、二つの世界を分かつ境目だとした場合。その境目はきっと、俺の頭から流れ落ちる水なのだ。
それがどこから、どのような流れで俺の頭の中に流れ着くのかわからないが、俺が水に飲まれてしまったとき、それと一緒に、俺という存在のどこかに、俺の頭から流れ落ちるガス灯が光っている。そして、それが天井で反射して、夜の街が白一色に埋め尽くされ、ネオンの灯りが薄らいで、星の輝きが、それぞれ、光の粒子をまき散らしながら、俺の姿を俺の頭上に投影し出す。
それが俺の、俺自身。俺の意識そのものである。
そしてもう一つ、俺は知っている。
ここは個室レンタルの無重力ルームではない。懐かしい、マリヤのアパートだ。
マリヤは、どうしても俺に触れていることができなくて、代わりに珠希の生き人形を差し向けたのだった。
彼女は、いつも俺とキスしたがるので、それを邪魔されるのが嫌いだった。
「昔な、小学校のお化け屋敷で、うち、お化け役をしとってんけど、人間に見えるような怖いモノを見つけることでけへんかった。なんとか言い訳して、怖いモノがあるふりをして逃げてみてんけど、ほんなら皆んな、いっさんに逃げるうちの姿があんまり怖いんで、逃げ出すしかのうて、大騒ぎになったんよ」
「それで?」
「いじわるやね。あんたは……」
マリヤはすねた。
「あんた、そんなんばっかりやな」
俺のせいか? 静電気も、人形も、お前のものだ。
まあ、君を賭けたのは俺だが。
「ンケ、ンケ、……ンケ、ん?」
鼻にかかった呼び声。それに応えて、ボーカロイドが服を脱ぐと、顔と手先以外は、関節人形そのままだ。だが、極薄のボディが繊細な歌声に震えると、温度も湿潤度も変化のない樹脂の肌が、生きている人間のような感覚に変わる。
「私、あんたと一緒にいたい。いっしょにいたい」
とか、
「時には正直な欲望に」
とか、
「見ないで、見ないで」
とか、
「もしお前が私の死を望むなら」
だとか。
人工皮膚よりもなめらかな、素体の肌理を、微弱音で揺らすのは、そんな古い歌だ――。それが、俺を暗闇の世界へと引きずり込むのだ。
まるで、水に浸されたティッシュペーパーだ。俺の成分を吸い取るように、俺に密着した珠希の人形を、マリヤが後ろから抱きしめる。俺はマリヤの体液を吸い取るための、珠希という、水に浸かっているのだ。まるで人間のように。
水は、人間のもの。人間たちのもの。俺のものではない。人間と人間と人間を巡る水は、俺たちを除外する。俺は、俺である。だが、人間と人造人間のどこが違うというのか。
「あ」
俺は、俺以外の何かでもある。俺は変わる。変わるのだ。俺は変わりつづける。水は、水だ。変わらない。だから、この、俺を俺だと否定する何かは、俺ではなかった。
俺は変わる。俺は、俺の知らないものへと、変わりゆくのだ。いや、俺を脱ぎ捨て、俺になったのだ、俺は。
傷ついたマリヤの顔は見たくない。
しかし、俺は目を離せない。
たとえ表情が、皮膚の一枚に過ぎなかったとしても。今、俺は、俺から失われたものへと変わりゆく。
俺たちの間に珠希はいない。
世界は彼女たちの中に溶けてしまったが、――俺はまだ、俺だ。俺は、俺を俺として、この世にとどめたまま、永遠を失った。
だが、俺にはそれでいい。俺の血を、水から奪ったのは、他ならない君だ。君は、いつも、俺を俺とは認めない。しかしそのつど、俺を発見する。
俺が君をこの世界にとどめておけばいい。
すると、マリヤが言った。
「もうええんやない。ほんなら」
俺は笑った。
「ふん」
彼女も笑ったらしい。彼女の笑顔は髪で隠れている。
「なんや、その顔。笑い方が、なんかおかしいわ」
俺は笑った。
「ああ」
帰り道は、今度はあんまり長いのじゃない。いつもより短いぐらいだ。立ち止まって、女が待っている。またどこかで会えるんだ。そう思って、少しだけ歩調を緩めた。
「やっぱり、うちらの中にも人間の感情ってあるんや。それはやね、その下郎ん中に人間が生きていれば、生きていくほど自由に生きていけるから、生きることが楽になるからみたいなんやけど、あんた、わかるか。その感情が、それぞれ違うことに……。誰かさんと、誰かさんは、いつも同じやないんや。だから分からなくなってしもうたん。珠希がええ人やったからって、あんたがええ人やったからって、死んだ人がええ人やったことが何になるんやろ」
「なにが言いたいんだ」
「しらんわ。どないな意味かなんて。口が勝手に喋りよる」
俺は歩調を合わせて歩いた。マリヤの眼が泳いでいる……俺を恐れている……いや、違う……マリヤは怒っている。こんな眼は、見たことがない。
「おまえ、俺にそんなふうに言うの、はじめてじゃねえか!」
マリヤが俺を見た。マリヤは唇を歪ませる。
「じゃ、もうええか。あと、かんにんな、なんか話が上手にでけへんかった」
彼女はそう、なんでもないといった調子で、俺に言った。
「そやかて、わかりにくいやん。こういうもんて」
そう言って彼女は指をさすった。そして、少しだけ間を置いた。
「ほれ、そら……これ、見や。あんたが居ったときと全然違うやろ」
両手の指を蝶のように羽ばたかせながら、彼女は俺から目を逸らして歩き出す。
「なあ、あんた、いっぺん死んでみ?」
マリヤは振り返り、俺を見つめて、ぼそっと言った。
しかし、君はそれを望まない。君は俺をこの世界にとどめておけばいい。もし自棄になったら、……どうしてもそうしたくなったら、俺が、俺を見限って君の側を去るように、君も俺を見限ればいい。
マリヤの唇が、泡を噛んでいるのが見える。
灰色の瞳が……ゆらゆらとうごいている。彼女は歩き去る。
彼女は、俺から眼をそらして、歩き去った。
酔っ払ったような千鳥足で、遠ざかる、後ろ姿がなんだか危なっかしい。適当に選んだTシャツとジーンズだけが、いつも野生動物のようなマリヤらしかった。
桜新地を南に抜けるか? いや、それは危険か……。しかし、直行と蛇行は、どっちにしろ、天国と地獄、両方から夜の底にかけて通る道だ。
俺は迷わず踵を返した。後をつけなくても、マリヤの行き先はわかっている。
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