私はお屋敷で働き始めるのです

その日から私はお屋敷で働き始めるのでした。朝は普通に置きます。大体、朝6時に起きて、私はヴラド様の眷属であり、執事であるヴァンさんのところへと向かうのでした。


メイド服を貸し与えられた私はそれに着替えたのである。


「よろしいのですか? カレン様」


「……何がです?」


「あなた様は我等の主であるヴラド様のご来賓であります。そのような使用人のような真似をするなど……」


「大丈夫です。これは自己満足なんですよ。他者奉仕をしたいわけではなくて、仕事がなくて退屈だと苦痛だからなのです。だから私が好きでやる事なので気にしないでください」


「そうですか……そこまで言うのでしたら」


 ヴァンさんは渋々と納得するのでした。こうして私の使用人(メイド)としての一日が始まるのです。



「それで、私は何をすればいいんでしょうか?」


「そうですね……でしたらまずは洗い物をしてください」


「洗い物ですか。わかりました」


 とはいえ、この屋敷でまともな食事を取るのは私しかいないのです。つまりは自分で食べたものを洗うという事なのです。


 当たり前の事をしているだけでした。今まではヴァンさんが代わりにやっていてくれた事なのです。


 私は洗い物を終えます。


「できました!」


 次は一体、何をすればいいのでしょうか。


「ヴァンさん、洗い物の仕事が終わったのですが、次は何をすればいいでしょうか?」


「そうですね。見ての通りこのお屋敷は広いです。広いので、掃除をする場所は多くあります」


「まあ、確かにそうですね」


 お屋敷は大きいのです。何もしなくても塵などは積るものなのです。広いお屋敷というのは一見爽快で良いようにも思えますが、掃除をする手間や移動するだけで疲れるなど、不便な事も案外多いのかもしれません。


 とはいえ、前の狭苦しい屋根裏での生活に戻りたいとも思いませんが。今の生活は大変恵まれているものです。とても手放したいとも思えません。


「それに屋敷の庭は広いです。庭には様々な木々が植えられています。落ち葉なども無数に落ちている事でしょう。それらを掃除するだけでも無限に仕事になる事だと思われます」


 要するにヴァンさんは掃除をしろと言っているのです。掃除、それは仕事の中では極めて基本的で普遍的なものなのです。


「がんばります!」


 私は屋敷の掃除を行う事にしました。そして庭の掃き掃除。こうして一日が過ぎていく事になるのです。


 ◇


「ふんふふーん♪」

 

 晩御飯の時。私は鼻歌を鳴らします。その日の私は随分と上機嫌なのでした。


「どうした? カレンよ。随分と上機嫌ではないか」


「はい! やはり仕事があると一日の充実度が違うのですっ!」


 日がな一日寝ていていい生活というのは最初は快適かもしれませんが、段々と刺激がなくなってきて暇を持て余すものなのです。やはり人生には適度な仕事が必要なのです。


 やはり人生にはスパイスがなければなりません。刺激のない人生というのも実に味気ないものなのでした。


「……そうか。それは何よりだ。頑張っている貴様に褒美をやろう」


 ヴラド様は笑みを浮かべます。鋭い犬歯を覗かせ、それがキラリと光るのでした。


「褒美ですか? 一体、何を頂けるというのですか?」


 今回の仕事は頼まれたわけでも何でもない、ただただ自己満足から行われたものでした。私は誰かのためではなく、自分のために働いたのです。


 ですのでヴラド様の申し出は私からしても予想していなかったものです。


「明日出かけようではないか」


「出かけるって、どこにですか?」


「無論街にだ」


「街にですか? それは嬉しいのですが……」


 やはり屋敷での生活もそれなりに時間が経つと飽きてくるものなのです。どれほど広くても屋敷の中というのは閉ざされた空間である事は間違いがありません。外界からの刺激を欲したくもなるのです。


 ですが私の中である疑念を抱いたのです。それはそう。吸血公爵様は吸血鬼なのです。吸血鬼というのは伝説的な怪物(モンスター)なのではありますが、数多の弱点が言い伝えとして伝わっているのです。


 私はここに来るまで、吸血鬼に対するいくつもの文献を読み漁ってきたので間違いないと思います。


 その中の弱点のひとつに、吸血鬼は日の光に弱いというものがありました。


「夜に行かれるのですか?」


「いや、無論、昼間にだ」


「大丈夫なのですか!?」


「何がだ?」


「だってヴラド様は吸血鬼なのでしょう? 吸血鬼とは日の光に弱いものではないのですか?」


「馬鹿者。日の光を浴びただけで、雪のように解けてしまう不死者(アンデッド)を。誰が不死者(ノーライフキング)と呼ぶか」


「まぁ……いわれてみれば確かにそうですね」


「確かに夜行性なのは認めるが……日の光に浴びるくらいなら問題がない。それとも貴様は夜でかける方が好きなのか? だが、カレンよ。貴様は俺と違って夜目が効くわけでもあるまい」


 発展した街であれば街灯というものがあり、夜出歩く事も可能ではありましたが。ヴラド様のお屋敷はそれなりに辺境にあるのです。最寄りの街に街灯が存在しない可能性は十分にありました。ですので昼間行けるのでしたら、それに越した事はありません。


大体やっているお店も昼間でないとやっていない事が殆どなのです。


「それは確かに……その通りです。その方がいいです」


「そうだな。ならば昼間行く事にしようか」


「はい!」


 勢いよく返事をした私はある事に気づくのです。


 こ、これは……もしかしたら。い、いえ。もしかしなくて。逢引(デート)というやつなのではないでしょうか。間違いありません。男女が二人きりで出かけるのです。そう、これは噂に聞くデートという行為なのです。


 そう意識をすると私は無性に恥ずかしい気持ちになり、顔が真っ赤になるのでした。


「ん? どうした?」


「何でもありません!」


 こうして私とヴラド様は街にデートへと向かうのでした。そしてそこで私は思わぬ再会を果たすのです。







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